「受け継がれる意志、時代のうねり、人の夢、これらは止めることのできないものだ」。TVアニメ『ONE PIECE』のオープニングの台詞である。主人公と言えば麦わら帽子がトレードマークのルフィ。ところで私も帽子を被っている。制帽というやつだ。

オーガニックゆうき氏

 「どうして被っているの」とよく聞かれる。京都大学に通う身であるからその都度「学生なので」と答えているが、正直この制帽を被ることの意味や意義は、最初はあまり深く考えていなかった。でもなぜか被りたいという思いは強くあった。この気持ちは何なのか、父と話した時になんとなくその輪郭がつかめたような気がしている。

 学生運動世代の父は、私がかつての運動の息吹を肌で感じたいのではないか、当時の京大の学生が何を考え、どういう思いで青春を過ごしたのかを知りたいのではないかと言った。なんだその深読みはと思ったが、父はまたこんなことも言っていた。京都という地で沖縄のことを考えようとしているのだから、離れた場所でも何か自分で出来ることがあると思っているのでしょう、だから吉田寮にも入ったのでしょう、と。

 そう、私は今京大の吉田寮という離れた場所に住んでいる。日本最古の自治寮で現在寮の存続を巡り大学と揉(も)めている。建物の明け渡し請求の第1回口頭弁論が今月4日に行われた。

 なぜ吉田寮に入ったかは、確固たる思いがある。今の京大は、学生との対話を無視した非民主的な状況にあると思っているからだ。吉田寮の裁判は、優位な立場の京大による抑圧的なスラップ訴訟だ。沖縄防衛局が高江住民に通行妨害禁止の仮処分の申し立てを行った裁判と同じ構図ではないだろうか。「決まったことだから従え」という権力者の姿勢は一方的な支配しか生まない。

 押し付けられた秩序に自由はない。それにただ従うのは思考停止でしかない。

 若者は政治に無関心だとよく言われる。でもこの制帽を被っていると学生から声をかけられる。時には政治の話もする。県民投票で民意が示された背景には、元山仁士郎さんのハンストもあった。彼を支持した若者が広く集まったように、今の日本と沖縄を変えたいと闘う人が多くいることを私は知っている。

 だから私も今の場所で出来ることをしたい。とにかく行動することで、表現することで、何を変えられるのかは分からない。ただ、ふつふつと湧き上がる思いや怒りはある。この感情は私一人だけのものではなくさまざまな人の行動を通して受け継がれたものではないだろうか。離れた場所でも、離れた時間でも、そうした人々の思いは受け取れるはずだ。

 今被っている制帽も、いつかシャンクスがルフィに渡したように後輩に引き継げられたらなあと思う。そしてその後輩のいる社会や大学が、自由と対話を重んじる空間であってほしいと願っている。(作家)

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 オーガニック・ゆうき 1992年浦添市生まれ。京都大学法学部在学中。『入れ子の水は月に轢かれ』で第8回アガサ・クリスティー賞、第5回沖縄書店大賞小説部門準大賞。