沖縄水産高校の実習船「翔南丸」に救助された元ベトナム難民の南雅和さん(50)が13日、那覇市内を訪れ、同船の元船長、宮城元勝さん(75)=那覇市=と36年ぶりの再会を果たした。「命の恩人である船長をずっと探し続けてきた。今の私があるのはあなたのおかげです」。南さんは宮城船長と固く抱き合い、涙を浮かべながら、感謝の言葉を繰り返した。2人は長い歳月を埋めるかのように手を握り、肩を寄せ合って互いの近況などを報告し合い、親交を深めた。(政経部・川野百合子)

宮城元勝さん(右)との再会に涙ぐむ南雅和さん=13日午後、那覇市銘苅(金城健太撮影)

宮城元勝さん(右)との再会に涙ぐむ南雅和さん。左は南さんの娘の亜理沙さん=13日午後、那覇市銘苅(金城健太撮影)

宮城元勝さん(右)との再会を喜ぶ元ベトナム難民の南雅和さん=13日午後、那覇市銘苅(金城健太撮影)

宮城元勝さん(右)との再会に涙ぐむ南雅和さん=13日午後、那覇市銘苅(金城健太撮影) 宮城元勝さん(右)との再会に涙ぐむ南雅和さん。左は南さんの娘の亜理沙さん=13日午後、那覇市銘苅(金城健太撮影) 宮城元勝さん(右)との再会を喜ぶ元ベトナム難民の南雅和さん=13日午後、那覇市銘苅(金城健太撮影)

■14歳の脳裏に刻まれた船名

 午後5時すぎ、再会の場に設定されたレストランに到着した南さんはすぐに、宮城さんと抱き合った。満面の笑みだが、瞳には涙が光っていた。南さんは同行した娘の亜理沙さん(17)も紹介。「あの時船長が助けてくれなければ、私も娘もいなかった」とかみしめるように言葉を紡いだ。

 2人の出会いは1983年8月8日。ベトナムから出国した南さんを含む105人が乗る小型木造船を、インド洋での実習から沖縄へ戻ろうとしていた「翔南丸」が救助した。フィリピンのマニラへ寄港して保護されるまで4日間、寝食を共にした。

 南さんは当時14歳。日本語は知らなかったが船に記された「SHONAN MARU」を忘れたことはなかったという。

■「立派に成長してうれしい」

 「日本は第2の故郷」と決めた南さんは、94年に日本国籍を取得。日系企業のベトナム駐在員などを経て、2010年、東京都内にベトナム料理店「イエローバンブー」を開店した。その店に約1年前、沖縄県内の高校教師が客として来店し、偶然南さんと会話したことがきっかけで、再会が実現した。

 再会の場には当時、翔南丸に乗船した船員や同僚など約20人も集まった。宮城さんは、当時の様子を振り返りながら、南さんをわが子のように見つめた。「南さんは4日間船上で一緒に過ごした仲間だ。立派に成長してうれしい。航海士や船員が隔月で集う会に南さんも招待して、これからも交流を深めていきたい」と語った。

 再会するとの報道を見た那覇市内の企業経営者が、会に寄付をよせた。