阪神・淡路大震災の概要について

■概要

 1995年(平成7年)1月17日に発生した兵庫県南部地震による、神戸市を中心とした兵庫県南部や淡路島を中心に関西の広範囲に大きな被害を与えた震災。

■地震の規模

 発生時刻は午前5時46分。震源地は淡路島北部。震源の深さ16km、中心付近のマグニチュード(M)7.3。神戸市や芦屋市、西宮市、宝塚市の各一部地域、淡路島の北淡町、現淡路市の一宮町、津名町で震度7を観測した。淡路島の洲本市で震度6(当時は6弱と6強に改定される前)、京都市、豊岡市、彦根市で震度5(当時は5弱と5強に改定される前)を観測したほか、福島県のいわき市小名浜から鹿児島市まで広範囲で震度1の揺れを観測した。
 内陸で発生した、いわゆる直下型地震。破壊した断層付近で非常に大きな揺れを生じた。淡路島北部では、この地震によって新たに生じたと思われる断層の露頭が認められた。淡路島から神戸市、西宮市にかけて無数の活断層が走っており、このうち、野島断層(淡路島北部)に新たな断層のずれが生じたことが確認された。
 1949年に気象庁の震度階級に「震度7」が導入されて以降、初の震度7を観測した。その後震度7を観測した地震は2004年10月の新潟中越地震、2011年3月の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)、2016年4月に2回観測した熊本地震、2018年の北海道胆振東部地震がある。

■被害

 死者6,434名、行方不明者3名、負傷者43,792名。人的被害は当時は第2次大戦後最悪だった。
 住家全壊が約10万5,000棟、半壊が約14万4,000棟。神戸市長田区では大規模な火災も発生した。
 交通は、陸路ではJR東海道本線・山陽新幹線や中国自動車道など多くの鉄道路線や道路が寸断されたことで、神戸市周辺や兵庫県内だけでなく、関東・関西と九州をつなぐ交通路も遮断され、経済に大きな影響を与えた。横倒しになった阪神高速道路3号神戸線や、停車中の電車ごと崩落した阪急伊丹駅など、被害の大きさを記録する写真が多く残されている。神戸高速鉄道の大開駅のように、地下の鉄道路線にある駅の崩壊で、道路が寸断された例もある。
 兵庫県は商工関連の直接被害を2兆5400億円と推計したが、6兆円に近いとの推計もある。事業所の2割以上が大きな被害を受け、神戸市内の企業では、2月の時点で移転や廃業に追い込まれた企業は5%にのぼった。
 ライフライン関係では、水道で約123万戸の断水、下水道で8処理場の処理能力に影響が生じ、工業用水道で最大時で289社の受水企業の断水、地震直後の約260万戸の停電、都市ガスは大阪ガス管内で約86万戸の供給停止、加入電話は交換設備の障害により約29万、家屋の倒壊、ケーブルの焼失等によって約19万3,000件の障害が発生するなどの被害が生じた。
 マスコミも甚大な被害を受け、本社ビルが全壊した地元紙の神戸新聞は、震災の前年に京都新聞と結んだ相互支援協定を活用し、当日の夕刊から発行を継続できた。大阪にある朝日放送では、テレビ番組「おはよう朝日です」の生放送中に発生、その発生時の映像がキー局のテレビ朝日の系列を通じて放送された。

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阪神・淡路大震災から学ぶ、後世に語り継ぐべきこと

 1916年(大正5年)に明石海峡付近で発生したM6.1の地震以降、近畿地方では顕著な地震活動がなく「近畿地方は地震が少ない」といったによる過信から、「近畿地方では大きな地震は起こらない」とする誤解の広まり、または、地震自体を意識することが少なく専門家の指摘を信用する人間も少なかった。しかし、歴史的には近畿地方でも大きな地震は発生しており、阪神・淡路大震災は教訓を残している。
 行政による情報収集の遅れなど、初動対応の問題点を引き起こした全体的な要因として、第1に「地域防災計画の不備」、第2に「起こりうるリスクの想定が甘すぎた」ことが指摘されている。自治体から自衛隊への災害派遣要請のあり方についても、震災以降見直されている。
 救出活動においては、機材や能力の不足のほか、取材のヘリコプターによる騒音が被災者の捜索の邪魔になるとして問題になった。
 震災直後より、全国から数多くのボランティアが被災地へと駆けつけ、多くの市民に勇気と希望を与えた。これと同時に、ボランティアに関わった人の中には精神的に大きなダメージを負った人もいることから、ボランティアの心のケアの必要性も認識された。1995年は「ボランティア元年」ともいわれ、のちに内閣府は1月17日を「防災とボランティアの日」と制定、17日を中心とした前後3日の計7日間を「防災とボランティア週間」にしている。
 2015年には発生から20年が経過し、震災を知らない世代も増えている。阪神・淡路大震災のあとも新潟中越地震や東日本大震災、熊本地震など国内で大きな地震が発生しているが、この大震災を後世に語り継ぐ様々な取り組みが実施されている。

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過去の追悼式について

 毎年1月17日に追悼式典が開催され、発生時刻の午前5時46分には犠牲者を悼み黙祷をささげている。震災から20年となる2015年(平成27年)には、沖縄県内でも神戸とネット回線でつなぎ歌うイベントが開催された。
(当時の記事)

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まとめ

 発生から年月が経ち、交通やインフラなどは復旧されたが、被災者の心のケアや地域コミュニティの再生、人口の減少といった課題に直面している。
 「地震が少ない」という過信も禁物である。沖縄県も大きい地震はないと思われがちだが、2010年(平成22年)2月27日に沖縄本島近海を震源とするM7.2、糸満市で震度5弱を観測する地震が発生しており、明和の大津波で宮古・八重山が甚大な被害を受けている。阪神・淡路大震災のあとも、新潟中越地震や東日本大震災、熊本地震など大きな地震が度々発生している。地震以外でも西日本豪雨や台風、大雪など災害が多い国内において、「減災」などの取り組みが続いている。