「天国にいちばん近い島」として知られる南太平洋のニューカレドニアに多くの県系人がいることはあまり知られていない。1853年にフランス領となった島に、県民男性800人余がニッケル鉱山の鉱員として移民したのは1900年代初頭

▼過酷な労働環境に移民者は鉱山を抜け出し、農場主や商店主となり、現地の女性と家庭を持った。だが、幸せな時間は長く続かなかった

▼太平洋戦争の開戦で「敵性国民」とみなされ、オーストラリアの収容所に抑留。戦後に沖縄へ送還され、ニューカレドニアへ帰還できたのはごくわずか。残された妻子は土地や財産を没収され、苦労した

▼こうした歴史を歩んだ県系の4世、エミリー・トセイ・ミヤザトさん(17)が「ルーツを知りたい」と県の交流事業で来沖中だ。本紙報道がきっかけでエミリーさんの曽祖父の親戚らが名乗り出て、新たな交流が始まった

▼歓迎を受け、「居心地がよく、ふるさとみたい」とエミリーさん。日本語も勉強中で、将来は貿易など国際ビジネスに興味があるという

▼時代は流れ、日本語を話せず、移民1世を知らない4世、5世の沖縄への関心は薄らいでいるという。再来年には第7回世界のウチナーンチュ大会が開かれる。若いエミリーさんが今後の沖縄とニューカレドニアの交流の懸け橋になることに期待したい。(石川亮太)