フィリピン南部ミンダナオ島ダバオにある日本人墓地、沖縄の塔で28日、太平洋戦争前に移住し、戦争で犠牲になった県出身者の追悼式が開かれた。遺族らが沖縄で墓参団を結成し、半世紀ほどダバオ訪問を続けてきたが、参加者の高齢化のため団体での墓参は今回が最後。記憶の継承が課題になっている。

沖縄の菓子などが供えられた「沖縄の塔」前で手を合わせる遺族ら=28日、フィリピン・ダバオ市(沖縄ツーリスト提供)

 ダバオからの帰還者や遺族ら約100人が参列。墓地内の沖縄の塔に菓子や果物を供え、焼香した。終戦後間もないダバオで、母親を赤痢で亡くした上原貞子さん(87)=那覇市=は「母のそばに来られてよかった。来年はもう参加できないと思う」と話し、目に涙を浮かべた。

 主催した県ダバオ会の山入端嘉弘会長(83)=南城市=によると、団体での墓参を始めた1970年ごろには数百人が参加していたが、近年は高齢化で減少。昨年は約50人だった。来年以降は有志でダバオを訪れることにしている。

 ダバオで生まれ、11歳の時に沖縄に引き揚げた山入端さんは「楽しかったことも苦しかったこともある。この経験を若い世代に伝えたい。私としては体力が続く限り墓参に来たい」と話した。

 ダバオには20世紀初頭から日本人が移住した。戦前の最盛期には約2万人が居住し、うち県出身者は1万人を超えていたとされる。日本人墓地があるミンタル地区は、日本人学校やゴルフ場が造られるなど繁栄した。追悼式には、謝花喜一郎副知事のほか、県議会の赤嶺昇副議長らも参加し犠牲者を悼んだ。