ミス・ユニバースとは

 ミス・ユニバースは世界各国から選ばれた女性がその国・地域を背負って出場する、世界的に知名度の高い「美の祭典」の1つに挙げられる。美しさだけでなく、人間性・誠実さといった内面も含めて魅力的な代表を選ぶ点で、外見のみにとらわれず内面の美しさを磨くことの大切さを内外に示している。

沖縄代表となった野津響さん(中)とセミファイナル進出が決定した(前列左から)棚原ゆりさん、与那覇亜織さん、(後列左から)中村さくらさん、知念園子さん、新垣梢さん=2010年11月、オキナワマリオットリゾート&スパ

ミス・ユニバースの歴史

 ミス・ユニバースは毎年、世界各国からその国を代表する美しさと知性を兼ね備えた女性が集まり、その年のナンバー1を決めるコンテスト。1952年に米国で始まり、72年以降、世界各国の都市で開かれている。「世界的な美の祭典」とも呼ばれる。参加国が131カ国・地域と世界最多となる英国発のミス・ワールド(1951年~)、「相互理解による世界平和の実現」を掲げ「美と平和の親善大使」として活動するミス・インターナショナル(1960年~)、地球環境問題を訴えるミス・アース(2001年~)と並び世界4大ミスコンテストと呼ばれる。

 ミス・ユニバースは、1951年に開かれた「ミス・アメリカ」の優勝者が大会スポンサーの「カタリナ」から提供された水着でポーズを取ることを拒んだのがきっかけで誕生した。「カタリナ」はスポンサーを辞退し、翌年の52年に独自で米国代表を決める「ミスUSA」と、世界大会の「ミス・ユニバース」を立ちあげた。現在は米国のタレントエージェンシー会社「ウィリアム・モリス・エンデヴァー(WME)」が所有する「ミス・ユニバース機構」が運営している。決勝はテレビ中継が入る。55年から世界でのテレビ放映を開始し、67年から日本でも放映された。

 世界大会は52年から59年までは米国ロングビーチで、60年から71年までは米国マイアミビーチで開かれていたが、72年からは毎年、開催国を変える形式となった。第1回大会の30カ国から年々、参加が増え、2018年の第67回大会には史上最多の94カ国・地域の代表が参加した。

琉球放送・ハリレラ洋装店共催のミス・ユニバース沖縄コンテストが4日、琉球放送ホールで行われ、那覇市若狭の奥平悦子さん(20)が沖縄一に選ばれた。7月中旬に米マイアミビーチで行われるミス・ユニバースコンテストに沖縄代表として出場する=1967年6月、那覇市の琉球放送ホール

 機構は2012年に規約を改正し、13年大会から、体と心の性が一致しない「トランスジェンダー」の性転換者にも門戸を開放すると発表した。背景には12年のカナダ大会で最終予選に残りながら性転換手術を受けていたことを理由に一時失格とされたモデルの訴えがあった。大会出場資格に「生まれつき女性であること」と規定されていることに対し、女性は「子どもの時から自分は女性だと思っており、14歳からホルモン治療を受け、19歳で性転換手術を受けた」と主張。当時、機構の代表を務めていたドナルド・トランプ氏(現・米国大統領)の意向を受けて失格を撤回した。

 ただ、機構側は「カナダ政府が、法的に認める性別および、その他の国際ミス・コンテスト大会が基準とする条件を満たしていること」との条件を付けたため、女性はカナダ政府の主張のいかんに関わらず「大会に出場できるのかはっきり示してほしい」と明確な方針を求めた。機構は「生まれつき女性であること」との規定を削除、女性の出場を認めた。

 18年には性別適合手術を受けた女性がスペイン代表に選出され、初めて世界大会への出場権を得た。

 ミスユニバースは優勝者を選ぶだけでなく、フォトジェニック賞やナショナル・コスチューム賞といった部門賞も決定する。世界大会の1次選考は地域に関係なく選考していたが、2017年大会から参加国を「アフリカ・アジア太平洋」「ヨーロッパ」「アメリカ(北中南米)」の3つのグループに分けて選考する方法に変わった。各グループから4人ずつ通過者を選出し、更に地域を問わず4人を追加する形式になった。

ミス・ユニバース・ジャパンについて

 ミス・ユニバースの日本代表を選出する「ミス・ユニバース・ジャパン」は世界大会が始まった1952年から、ほぼ毎年開かれている。71年から95年までは大阪の朝日放送が開いていたが、ミス・ユニバース日本事務局との放送権契約終了に伴いスポンサーが不在となり、96年と97年の2年間は休止となった。98年に復活し、大会名を「日本大会」から「ジャパン」へと改称した。2013年以降、地方大会を開くようになり、47都道府県から代表を選出している。

ミスユニバース沖縄コンテスト=1965年5月29日、那覇市・琉球放送ホール

 米軍統治下の沖縄は56年に「琉球代表」が日本大会に特別参加した。また、63年から68年までの6年間、独自に「沖縄代表」を選出し、「ミス・オキナワ」として、世界大会に出場したこともあった。

 ミス・ユニバース ジャパンは、エイズ撲滅やストリートチルドレン支援のための活動を行なっている。

選考基準や応募・大会スケジュール

 選考対象は18歳から28歳までの独身女性。書類審査を経た後、水着審査やイブニングドレス審査、スピーチや質疑応答といった3次の審査を通過した女性が最終審査に出場する。選考基準は外見の美しさにとどまらず、知性や感性、社会に積極的に貢献したいという社会性やスピーチ力も対象となる。

 2019年大会は前年の18年9月から今年3月まで応募期間を設定。4月に書類選考の1次審査と、2次審査の7地方ブロック(北海道・東北地方、関東地方、中部地方、近畿地方、中国地方、四国地方、九州地方)でのオーディションを実施した。5月にセミファイナリスト54人を選出。最終選考に向けての合同トレーニングなどを経て、8月22日に東京都の山野美容専門学校でファイナルが開かれる。

ミス・ユニバース・ジャパンとミス・グランドの沖縄代表に選ばれた小嶺美沙樹さん(右から3人目)と栽愛美さん(同4人目)=2019年3月、宜野湾市・沖縄コンベンションセンター

歴代ミス・ユニバースについて

 第1回大会の優勝者はフィンランド代表で当時17歳のアルミ・クーセラさんが参加68人の中から選ばれた。日本からは小島日女子(ひめこ)さんが日本代表として出場した。第1回大会の1952年は日本がサンフランシスコ講和条約で連合国軍による統治から独立した年でもあり、小島さんには非公式の特別賞「ミス・エレガンス賞」が贈られた。

 第67回となる2018年大会はフィリピン代表のカトリオナ・グレーさんが優勝した。18年大会は、中米パナマ代表に同国で初めて先住民出身の女性、ロサ・イベス・モンテスマさんが選ばれた点でも注目された。国連本部で開かれた「世界の先住民の国際デー」で「先住民は尊重され、いかなる差別も受けずに生きる権利を有する」と演説するなど、ロサさんは先住民の社会的地位向上へ国際的な関心を高めた。

 一方、世界大会の出場者に対する差別的な発言で批判を浴びる事態も起きた。世界大会前に米国代表がベトナム代表、カンボジア代表に対して、英語を不得意としている様子を揶揄する発言を、インスタグラムに投稿した。それを見た視聴者から「人種差別的」「ミス代表の恥」などの批判が寄せられ、米国代表は謝罪する事態となった。

 優勝者の出身国最多は米国の8人。以下、ベネズエラの7人、プエルトリコの5人、フィリピンの4人、スウェーデンの3人と続いている。

沖縄新聞社主催の1956年度ミス沖縄に決まった吉田和子さん(21)。来沖中で審査員も務めたミス・ユニバース第3位の伊東絹子さん(右)がミス沖縄のたすきをかけた=1956年5月31日、那覇市牧志グランドオリオン劇場

 日本は1959年に児島明子さんが初めて優勝した。それまで世界大会の最高は53年の伊東絹子さんの3位入賞だった。2007年に森理世さんが優勝し、日本の優勝回数は2回に。優勝回数では、コロンビアやフランス、タイなど11カ国と同数の6番目となっている。

2006年ミス ユニバース コンテストで2位に輝いた知花くらら(那覇市出身)=2006年10月 那覇空港

 沖縄からは2006年に知花くららさんが世界大会で2位に入り、特別賞(民族衣装部門)も受賞した。日本大会では10年に福田萌子さんが3位、11年に野津響さんが2位となっている。

まとめ

 ミス・ユニバースになるには世界各国の代表者と対等に交流できる国際的な女性像が求められる。優勝者は機構本部のある米国ニューヨークのトランプ・タワーを拠点に1年間生活し、事前奉仕活動や各種公式行事に出席する。各国の代表にはサッシュ(タスキ状の布)が貸与される。その国を代表する「親善大使」的な役割を担うことになり、自らの国・地域を世界に発信する影響力を持つ。

 世界大会で優勝し、ミス・ユニバースとなることで世界中の慈善活動の資金提供を受ける特典や権利が与えられる。出場後も福祉や環境問題などの活動に関わり、グローバルに活躍する女性も多い。