沖縄県内でおなじみの「うめーし(箸)」の代表格、「赤黄箸」が存続の危機にある。生産を一手に担っていた鹿児島県の製造所が6月いっぱいで廃業、那覇市の卸業者が持っている在庫がなくなればほぼ手に入らなくなる見込みだ。関係者は沖縄の食卓になくてはならない逸品を残そうと、県内での生産を模索する。

沖縄の食卓に欠かせない赤黄箸

「県産品として赤黄箸を復活させたい」と話す田川信次さん=2日、那覇市壺屋

沖縄の食卓に欠かせない赤黄箸 「県産品として赤黄箸を復活させたい」と話す田川信次さん=2日、那覇市壺屋

■沖縄そばに似合う

 赤と黄色のコントラストが印象的な赤黄箸。60年ほど前から食堂や家庭で広く使われるようになった。沖縄そばにもゴーヤーチャンプルーにもよく合う県民の愛用品だ。

 卸元である那覇市壺屋のカネナガ商事の田川信次さんは「沖縄から赤黄箸がなくなる。廃業を聞き、頭が真っ白になった」と話す。

 赤黄箸こと「竹塗箸」は、鹿児島県薩摩川内市の中西竹材工業が製造していた。天然竹を使い、全て手作り。10膳300円と手頃な値段は大衆の味方だった。ただ「手間暇の割にもうけが少ない。職人の高齢化にコスト高が追い打ちを掛けた」と田川さん。出荷先は100%沖縄。産地の鹿児島で知る人は少なく、赤黄箸を珍しがっていた鹿児島からの観光客が地元産と知り驚いたという話も。

■なぜ鹿児島で製造?

 そもそも、なぜ沖縄だけで使う箸を鹿児島で製造していたのか。田川さんによると「沖縄に竹が少なく、九州でたくさん取れるから」が理由。

 だが、数年前からは九州産の竹の入手が難しくなり、中国産を材料にしていた。不良品が多く仕分けに手間がかかる上、価格も年々上昇。箸の値段を上げても釣り合わなかった。田川さんは「最後の方は中西工業さんが損に目をつぶって作ってくれていた」と感謝する。

 生産中止を知ってカネナガ商事には注文が相次ぐ。在庫は残りわずか。日差しの厳しい中、「これがないと駄目」と買い求めに来たお年寄りもいたほどだ。

 田川さんは今、仕事仲間と、赤黄箸を県内で生産できないか製造所探しに奔走している。「沖縄に欠かせない箸。ピンチをチャンスに変えたい」

■派手な配色が県民にマッチ

 稲福政斉・沖縄国際大学非常勤講師(民俗学)の話

 赤黄箸は1919年に使用の記録があり、それ以前から使われていたはずだ。現在はウレタン塗装だが、従来は赤は漆で塗り滑り止め、黄色はウコンで染め抗菌の効果があった。もともと竹を削った箸を使っており、商業化に当たりおしゃれな配色を選んだのではないか。中間色を好まない沖縄の人には、紅型のように派手な配色がよく合い広く浸透したのだろう。