変わらない空 沖国大ヘリ墜落15年(4)高校生だった崎山千枝さん

 崎山千枝さん(30)=那覇市=は、父の仲尾長生(ちょうせい)さん(75)が酔っぱらってきたサインを知っている。普段は寡黙な父が、決まって独り言のようにつぶやく。「ヤギを焼いたような臭いがしてくるんだよ。6月30日が近づくと」

息子の喜生ちゃんを抱く崎山千枝さん=7日、那覇市内の自宅

 60年前のその日、旧石川市(現うるま市)の宮森小と周辺に米軍ジェット機が墜落。当時石川高校に通っていた長生さんは救助活動に加わり、けが人を運び出した。詳しく聞こうとすると、父はいつも「ご遺族がいるのに無事だった僕なんかが…」と口ごもる。

 一方、千枝さんの姉、仲尾美希さん(34)=同市=は沖縄国際大1年生の時にヘリ墜落を経験した。たまたまバイト中で学内にいなかったが、怖くて1週間は通えなかった。2年生の夏、焦げた校舎の壁が撤去され、「事故の時どうしてた?」という会話がぱたりと絶えた。3年生でクリーム色の新校舎が完成。以来、事故のことは忘れなさいと言われているような息苦しさを抱えてきた。

 「お父さんにもお姉ちゃんにも心の傷がある。沖縄戦を体験したおじいちゃん、おばあちゃんと同じだ」

 墜落事故後、高校生だった千枝さんは、県出身の現代美術家、照屋勇賢さんのイベントに姉と出掛けた。宅配ピザの箱の内側に事故の記憶を描こうという取り組み。警察も消防も入れなかった事故現場にピザ配達員は入れたと聞き「きれいなものだけじゃなく、政治的な皮肉もアートになる」と知った。

 30歳になった今、「あいちトリエンナーレ2019」の企画展中止に「本当はいろいろなアートがあっていいはずだけど」と考える。宜野湾市に住んでいたわけでも、沖国大に進学したわけでもないが「お姉ちゃんが世界を広げてくれた。ヘリ墜落で感じたことが、今の私につながっている気がします」

 父の長生さんは最近、「年を取って、ヤギを焼いたような臭いに気付けなくなってきた」と嘆くようになった。時々口にするのは、宮森小の事故を覚えておいてほしいからかもしれないと千枝さんは想像する。3月に生まれた息子には、父から1文字もらって喜生(きお)ちゃんと名付けた。そして願う。

 「あちこちの出来事全部に当事者意識を持とうとしたら、きっと死んじゃう。でも、この子に意見は持ってほしい。どんな歴史があって、どんな経験をしたからこう思うよって」。過去から学び取ることが生きる力だと信じている。

(中部報道部・平島夏実)