沖縄県内の男性最高齢者、津波蒲戸(かまど)さん=読谷村=が15日、老衰のため、入居する地域密着型介護老人福祉施設「紅華の森」で死去していたことが分かった。111歳だった。葬儀・告別式は家族のみで行う。

110歳を迎え「バンザイ」する津波蒲戸さん=2018年6月、読谷村座喜味

津波蒲戸さん

110歳を迎え「バンザイ」する津波蒲戸さん=2018年6月、読谷村座喜味 津波蒲戸さん

 津波さんは1908(明治41)年生まれ。沖縄戦を体験し、戦後は米軍基地で車の塗装工として生計を立てた。88歳で先立った妻カメさんと子ども6人を育て上げた。

 2018年9月1日現在の県内長寿者上位10人のうち男性は津波さん1人だった。

 施設によると、津波さんは7月上旬から体調を崩して食事を取ることができなくなり、家族や医師と相談の上、同下旬からは点滴を打っていた。亡くなる数日前から会話が困難になり、家族が施設を訪れて見守っていた。

 津波さんは、明治を皮切りに大正、昭和、平成、そして新元号の令和と五つの時代を生きた。津波さんが晩年過ごした「紅華の森」の施設長、嘉数いく子さん(60)は「いつも笑顔を絶やさず、太陽みたいに明るい人だった」と話す。

 同施設に2017年9月に入居した津波さん。白内障で視力をほぼ失い、耳も遠かったが職員の支えで自力で歩くなど元気な姿を見せていた。

 大好物は天ぷらやサーターアンダギー。平成が終わる1カ月前に新元号突入の感想を問われると「ジョートー!」と笑顔で答え、サーターアンダギーを頬張った。同年6月10日に開かれた誕生日会では、施設関係者や家族らが集い長寿を祝福した。

 亡くなる前日も、会話はできなかったが職員や入居者らに笑顔を向けていたという。職員の宇榮原末子さん(60)は「菓子や茶をいただいている時も『他のみんなも食べてるね~?』と声を掛けるなど気遣いのある方だった」と振り返る。

 嘉数さんは「若い時のあだ名は『ハッピーさん』だったそう。周りを幸せにする人で、みんな津波さんから元気をもらった」と感謝し、冥福を祈った。