【東京】初代宮内庁長官を務めた故田島道治が昭和天皇との詳細なやりとりを記録した資料「拝謁(はいえつ)記」の中で、1950年代に日本国内で基地反対闘争が激化しているさなか、昭和天皇が53年11月24日の拝謁で「一部の犠牲ハ已(や)むを得ぬ」との認識を示していたことが20日までに分かった。