あこがれから排除の対象へ

 この禁止令を機に、ハジチはあこがれから排除の対象に変わる。山本教授によれば、違反者は罰せられ、学校でハジチをして登校すれば、教師にしかられ、塩酸で焼くようにしたこともあったという。ハジチを理由に離婚されるケースも出てきていた。
 
 「インタビューでも、『前はすごくきれいな風に見えたけど、今はものすごくきたないね』という言葉がありました。制度によって、価値観がガラリと変わってしまいました」

自由民権運動の謝花昇の実の妹=1973年9月13日撮影(白黒写真を「ニューラルネットワークによる自動色付け+手動補正」でカラー化した)

 ハジチはタブー視され、恥の文化になり、差別を受けることもあった。ハジチを入れた女性はカメラに収まる時、手を隠すため、正面から写ることを避けたという。


世界から見たハジチの位置づけ

 山本教授は、海外のタトゥーの研究者たちが日本の入れ墨について話す時、アイヌの入れ墨と東京の彫り物の話に集中していることを危惧している。
 「アイヌや東京は、英語の論文で触れられていたりするんですが、沖縄は全くない。でも、ハジチほど、調査がされているものもないんです。調査の蓄積や厚みが違う。1980年代、ハジチを入れたおばあさんたちが亡くなろうとしてしたころ、行政が細かく記録を残しているんです。1982年の報告書だけでも読谷村は772人も調査していて、ほかの教育委員会でも調査がされています。世界最大級の規模だと考えられます」

自由民権運動の謝花昇の実の妹=1973年9月13日撮影(元の白黒写真)

 そんなハジチの歴史を見つめ直すため、山本教授は10月から沖縄で「沖縄のハジチ、台湾原住民族のタトゥー」と題した企画展を始める。なぜ、台湾かと言えば、台湾にも原住民族は入れ墨の文化がありながら、沖縄と同じように施術を禁止された歴史をたどったからだ。一方で、台湾ではさまざまな形でタトゥーが復活しつつある。

 「沖縄と台湾の歴史と今から、現代日本のあり方を考えたいと思っています」