CAPとは「Child Assault Prevention」の略で「子どもへの暴力防止」を意味している。子どもが暴力から身を守るため、自分を大切にする気持ちを育てる人権教育である。私は米国CAPプログラムに携わり、児童・青少年のケースマネージャーとして活動してきた。沖縄でも1996年11月から「おきなわCAPセンター」が発足し活動しており、先日もメンバーと交流した。CAPを通して、沖縄の子どもたちの現状に多くの人が関わってほしいと思う。

 去年の暮れから日本で子どもの虐待死がニュースになり、胸が締め付けられる思いをしている。特に今年1月、千葉県野田市で小学4年生の女の子が虐待の末、死亡した事件に対しては、ウチナーンチュとしていたたまれなくなった。ウチナーンチュの母親が夫と共に連行されていく姿をテレビのニュースで知った。父親は「しつけのつもり」だったと言っていたが逮捕された。ようやく日本が「暴力」と「しつけ」の区別をはっきり意識するようになったので少々安(あん)堵(ど)している。

 「俺が仕事をしてるから お前は飯を食ってる。誰のおかげだ」。家事をし、子育てをしている専業主婦に威張り散らす男性はアメリカにもいる。それを気にし、萎縮している母親のいる家では、子どもたちもおびえているか家出している。私は何件もそんな家庭を見てきた。64年に渡米し、児童、青少年対象の家庭訪問を25年以上重ねてきた経験から記すが、「かかぁ天下」の家庭の子たちはどちらかといえば明るい。喜怒哀楽もはっきりしていて進歩も早い。互いの胸の内をオープンに打ち解けて話し合いができる。それがいかなる対人関係においても貴重になる。

 厄介なのはウチナーグチ でいう「シッピタヤー」(陰厳・陰気)な家庭である。静かだが受け身で攻撃的な人の家庭だ。心理的虐待のほか、子どもの出生を否定したり、自尊心を決して踏みにじってはいけないと思う。大人同士の暴言や口げんかを子どもが耳にするのは避けた方がいい。それらが子どもの人格形成に影響を及ぼすことを自覚するべきだと思う。

 子どもについての問題意識を広く共有し、自主的に連携・連動しながら更新すること。何よりも重大な事は、子ども自身が安心でき、自信を持ち、自由な存在でいてもらうこと。心から子どもたちに関心を寄せて動いている大人たちがいるのだと、自覚を抱かせることだ。子どもとの信頼はそんな過程で成り立つものである。

(てい子与那覇トゥーシー)

=第4月曜日掲載

(写図説明)沖縄に帰省し、おきなわCAPセンターのメンバーと意見交換する筆者(前から2列目、左から2人目)