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木村草太の憲法の新手(111) 映画「存在のない子供たち」 難民の過酷な生活描く 愛される権利 全ての人に

2019年9月1日 15:21

 今回は、この夏に日本でも公開された、映画「存在のない子供たち」(ナディーン・ラバキー監督 2018年・レバノン)を紹介したい。

木村草太氏

 映画は、主人公の男の子ゼインが、身柄を拘束され、年齢を確認されるところから始まる。警察官と思しき人々が「この子はおそらく12歳くらいだろう」と話しているが、年齢も誕生日も、確かなことは何も分からない。なぜか。両親が安定した在留資格を持っておらず、ゼインの出生届を出さなかったためだ。

 ゼインは、幼い兄弟たちと共に、教育も受けずに、生活のために働かされる毎日だ。そんな中、大切な妹が11歳で強制結婚させられる。これに強く反発したゼインは、家出を決行する。その後、難民女性とその赤ん坊と出会い共同生活を始めるが、それはさらに過酷な生活だった。最終的にゼインは、「僕を生んだ罪」で両親を訴える。

 難民の生活はあまりにも過酷だが、主人公役のゼイン少年(役と同名)の演技は、生き生きとして美しい。また、それを取り巻く大人たちのやさぐれた雰囲気は、子どもたちの絶望を際立たせる。

 映画のパンフレットで、ナディーン・ラバキー監督が、この世界では、子どもたちが「愛される権利」を奪われている、と語っていた。「愛される権利」という言葉に、私ははっとさせられた。

 現在の国際社会のシステムでは、国籍や安定した永住資格を持たない者は、どの国の領域からも、必要な保護を受けられない。国家に登録されない子どもは、ゼインのように「存在しない子ども」となり、教育も社会保障も受けられない。しっかりとした仕事にもつけない。親たちは、子どもが生まれても、愛情を注ぐ余裕がない。

 子どもの権利条約7条1項は「児童は、出生の後直ちに登録される。児童は、出生の時から氏名を有する権利及び国籍を取得する権利を有するものとし、また、できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する」と定めている。「国家への登録の権利」というと、無味乾燥な事務手続きのように聞こえるかもしれない。しかし、この映画は、この権利が、「愛される権利」を実現するために不可欠な権利であること、人間の生にとって根幹となるものであることを教えてくれる。

 実は、日本の司法試験でも、非日本国籍者の「人を愛する権利」について出題されたことがある。妊娠しないことを条件に、労働目的の在留資格を与える制度の合憲性が問われたのだ。

 妊娠・出産の権利は、「人を愛する権利」の根幹をなす権利の一つだ。しかし、司法試験委員の書いた出題趣旨は、「人を愛する権利」と「公共の福祉」(出産に伴う社会保障費の抑制)とを比較衡量して、合憲かどうか判断することを要求していた。「人を愛する権利」を天秤にかけることに、何のためらいもないもないかのような司法試験委員に、私は怒りを覚えた。「愛し、愛される権利」を全ての人々の権利とするためにも、この映画が人々のものとなることを期待する。

 沖縄では、9月7日以降、那覇市の桜坂劇場で公開予定とのこと。ぜひ、多くの人に足を運んでいただきたい。映画の公式サイトはこちらから。

                                                                                              (首都大学東京教授、憲法学者)

 ※WEB版のために、原稿を改稿しました。(2019年9月1日午後6時)

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