石川県の親元を離れて高校3年間を那覇市のフリースクールで過ごした坂本菜の花さん(20)の体験記「菜の花の沖縄日記」(ヘウレーカ)が8月に出版された。沖縄戦を知る高齢者との交流、米軍基地問題に揺れる集落を訪れた経験を素朴な言葉でつづっている。坂本さんは「基地など沖縄の抱える問題を『自分ごと』だと感じられるようになった」と話す。

体験記「菜の花の沖縄日記」を出版した坂本菜の花さん=8月、東京都渋谷区

 石川県珠洲市出身。地元の小学校で陰口や無視などのいじめを受け、5年生の時に和歌山県の私立学校に転校した。中学の修学旅行で訪れた沖縄で地元の人たちの明るさにひかれ、2015年4月から18年3月まで那覇市の「珊瑚舎スコーレ」の高等部に在籍した。

 今回の書籍は、15~19年に北陸中日新聞に約30回掲載された体験記を中心にまとめたものだ。15年6月23日、現地で初めて迎えた沖縄慰霊の日。夜間部に通う高齢者から戦争体験を聞いた。「自分の足をつかむ死体を蹴り飛ばして逃げた」などと涙ながらに語る姿に触れ、「『戦争はしてはいけない』というのに理屈はない」と記した。

 米軍の大型ヘリが不時着、炎上した東村高江の集落を18年1月に訪れたことを紹介した回。現場の土地所有者の男性は事故直後、不時着したヘリに乗っていた米兵を自分の父親が心配していたと明かした。坂本さんは「自分も含め、沖縄の人の優しさにつけ込み基地を押しつけるヤマトンチュ(本土の人間)の加害性に気づかされた」と語る。

 那覇市で暮らし始めた当初を「沖縄を何とかしようと『上から目線』だった」と振り返る坂本さん。でも、普天間飛行場の名護市辺野古移設に「反対」する声を無視するような形で国が工事を進める状況を目の当たりにし、考えが変わったという。「私たち国民が変わらないから政府も変わらない。私と沖縄は1本の糸でつながっている」

 体験記は1728円。