「ニューヨーク沖縄県人会」の名称は、以前に「県人」を省き「ニューヨーク沖縄会」に変更された。時代の移り変わりの証しである。

 会の運営は琉球文化の保存継承を目的としている。36年間、伝統文化を受け継ぐための活動を中心に行ってきた。2世や3世のメンバーが中心となっている現在は、役員たちの大半がペルー出身の県系人である。

 ニューヨーク沖縄会の夏イベントは14日に催された。今回の催しでは、ペルーの県系3世たちが中心となって動いた。ホゼイ・アザマ会長が急用で欠席したため、同じくペルー3世のヘラルド・タン理事とR・ミノル・クニヨシ副会長の2人が、参加者を前に「カリー!」とあいさつした。例年通りテーブルに並べられた家庭料理を味わおうと参加者たちが大勢並んだ。

 食事関係のおもてなし係は、那覇市首里出身のきよ子(津覇)フラスカさんと沖縄市出身の政子(宮平)アディリスさんら県系1世たちが引き受けた。ゴーヤーや野菜チャンプルーなどの料理が減っており、ウチナー食文化を見直すことがウチナーの伝統・習慣の挽回につながる。次世代への過渡期だからこそ、県系1世のサポートが必要になると実感する。

 会の芸能文化部長の役割を引き受けてくれた三線の落合三郎師範(野村流古典音楽保存会)の演奏に合わせて、名護出身の妻の落合秀子さんと、南風原町津嘉山出身の和枝(桃原)チャーリーさんが踊った。

 次に、エイサーの曲が始まるとみんながじっとしていられない。沖縄民謡「海ヤカラ節」の歌が流れるとパーランクーをたたく音が聞こえ、ジンベイ姿で目を輝かせた4歳のカホちゃんが近づいて来た。左の胸もとに「うちなー」との文字がデザインされている。カホちゃんの母親は那覇出身で1世の新田妙子さん。妙子さんは当会のイベントで写真を撮りながら、会報作りのサポートを去年から続けている。3年前にファミリー・メンバーとして入会。カホちゃんは5歳の誕生日を前に、小さなパーランクーを贈られて大喜び。手習いもしてないのに、パーランクーをたたきながら笑顔で跳びはねている。

 そんな明るいカホちゃんを会場で眺めた直後、エイサーを踊る会場の様子を動画で目にした。そして自分の表情を映像で見て、思わず「アキサミヨー!」と叫んだ。みんなで楽しく踊るはずのエイサーなのに、全く愛(あい)嬌(きょう)がない。陰気で難しい表情。それを反省しながらこの原稿を書いている。雑念雑多の私は、カホちゃんを見習おうと前向きになった。どの地域の出身であれ、どんな老若男女であっても、笑顔は交流に必要不可欠である。(てい子与那覇トゥーシー)=第4月曜日掲載

(写図説明)カメラの前では少々緊張気味のカホちゃん。パーランクーを手に跳びはねる=14日、米ニュージャージー