「沖縄学の父」として知られる伊波普猷(1876~1947年)の寄稿がある明治期の「沖縄新聞」の原紙など、未発見を含む100点超の琉球・沖縄関係資料が高知県内で見つかったことが23日までに分かった。琉球船が土佐(現高知県)に漂着した19世紀の記録も含まれている。沖縄県立芸術大学付属研究所の仲村顕共同研究員が確認した。専門家は「琉球沖縄史研究を進める上で非常に価値ある発見だ」と話している。(社会部・下地由実子、新垣玲央) 

「沖縄学の父」伊波普猷

1906年11月3日付「沖縄新聞」4面。創刊1周年を記念し寄せられた歌や寄稿の中に、伊波普猷の「おもろの見本」がある

中城文庫の「随筆六」にあるマーラン船の絵図。船尾側には船室を描き、「総じて黒色」との説明もある(提供)

琉球船の漂着を記録した「随筆六」。琉球や八重山の表記があるほか、船の大きさや乗員の氏名が記されている(提供)

「沖縄学の父」伊波普猷 1906年11月3日付「沖縄新聞」4面。創刊1周年を記念し寄せられた歌や寄稿の中に、伊波普猷の「おもろの見本」がある
中城文庫の「随筆六」にあるマーラン船の絵図。船尾側には船室を描き、「総じて黒色」との説明もある(提供) 琉球船の漂着を記録した「随筆六」。琉球や八重山の表記があるほか、船の大きさや乗員の氏名が記されている(提供)

 資料を収蔵していたのは、高知市立市民図書館所蔵の資料群「中城(なかじょう)文庫」。仲村氏は、近代空手の原型を築いた糸洲安恒(いとす・あんこう)と推定される写真もここで見つけ、今月発表している。

 「沖縄新聞」原紙は1906年11月3日付。創刊1周年記念の178号で、両面刷りの3・4面。伊波の寄稿は「伊波普猷全集」著作目録で「未見」とされている論考「おもろの見本」で、代表作「古琉球」などでも取り上げるオモロ3首を、雅号「物外」の名で紹介している。

 琉球船の漂着は1854年7月の土佐・室津での記録。土佐への琉球船漂着は1700年代に足摺岬周辺で3回確認された資料があるが、1800年代の土佐側の記録が見つかるのは初めて。中城直守(1812~78年)の「随筆六」に記述があり、マーラン船の絵図も描かれている。

 仲村氏は、沖縄県立中学校(現首里高校)で1902~07年に教頭や校長心得(代理)を務めた中城直正(1868~1925年)に着目。足跡をたどる中で、直正が持ち帰った新聞や教務日誌、絵はがきのほか、琉球に関する江戸期の記録を見つけた。

 県立中学校の卒業写真には糸洲安恒と推定される男性が直正らと共に写っていた。沖縄民政府初代知事で琉球大学初代学長を務めた志喜屋孝信が、奉天(中国)恩師の直正に宛てた05年8月の書簡もあった。

 仲村氏は「近代の沖縄に来た人を追跡すれば、思わぬ資料が見つかることがある。両県をつなぐ絆として、いろいろな場で活用できれば」と期待した。

 琉球大学の豊見山和行教授(琉球史)は「沖縄の研究者がほとんど注目していなかった資料群。非常に価値がある」と話している。

◆中城文庫とは

 高知市種崎の旧家中城家が江戸期から所有していた資料群。同家は土佐藩の御船頭方(船や水上交通に関わる人々の管理)で、坂本龍馬など幕末の志士とも交流があった。高知市立市民図書館には、一族が1736年から戦後にかけて記録・収集した古文書や日記、美術・工芸品など約8300点が所蔵されている。