安倍晋三首相の言う「ウィンウィン(相互利益)の合意」とは程遠い。

 日米両首脳が新たな貿易協定締結で最終合意した。

 焦点になっていた米国産コメへの無関税枠は設けなかったが、米国産の牛・豚肉など農産物は環太平洋連携協定(TPP)の水準まで関税を大幅に引き下げた。米国による日本の自動車への追加関税や数量規制は免れたものの、自動車と関連部品の関税撤廃は実現しなかった。米国への譲歩が目立つ内容だ。

 米国産の牛・豚肉の関税が引き下げられることで、日本国内での販売価格の低下が見込まれ、消費者は恩恵を受ける。しかし、安価な食肉の輸入は国内の畜産農家を直撃することにもなる。

 日本政府は、幅広い品目で国内農業を守ったと強調する。だが、米側からすると牛・豚肉、小麦、ワインなど日本向けの主力と位置付ける品目はTPPと同水準を勝ち取ったといえる。2年前にTPPを離脱した米国の農産品をTPP基準と同等にしたことになるからだ。

 日本が農産物で有利な条件を引き出したのは、米国産のコメが無関税で入ってくる状況を回避したことだけに限定される。

 自国の利益を守れたといえるのか。

 江藤拓農相は「農家が不安な気持ちを持っていることは理解できる。しっかり説明を尽くしたい」と述べた。協定の影響を緩和する国内対策を具体的にどう取るかを示す必要がある。

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 日本が米国との2国間交渉に応じた最大の理由は、自動車の追加関税を避けるためだった。ただ、共同声明では「信頼関係に基づき協定を誠実に履行している間は、声明の精神に反する行動を取らない」と記載しているだけで、曖昧なままである。

 新たな貿易協定は、来年の米大統領選を見据え、トランプ大統領が成果を挙げたい思惑が透けた。トランプ氏は交渉のさなか、日米安保条約を「不公平な合意」と発言するなど、貿易と安保を絡めてゆさぶりをかけてきた。

 交渉から1年という短期間での協定締結となり、米側は農産物と自動車で有利に得点を重ね、選挙への実をとったことになる。

 米側への配慮がにじむ結果は、「自由貿易の旗手」(安倍首相)を自任してきた日本の立場を揺るがしかねない。多国間の枠組みによる自由貿易を広げていく役割を忘れてはならない。

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 政府は協定締結を受けた手続きに入り、来年1月にも発効する見通しだ。

 10月4日から始まる臨時国会に協定案が提出される。安倍首相には、合意内容の詳細や交渉過程などを明らかにする説明責任がある。

 その上で、想定される国内の各産業が受ける影響、それに対する政策を明確に示してほしい。

 継続協議とされた自動車関連の関税撤廃の協議や、追加関税の回避について発動しないという確約を取り付けるには、綿密な戦略と交渉力が必要だ。