「空襲で学校はなくなるし最後には家族も失った。戦とはこういうものですよ」。当時、沖縄県立第二高等女学校1年生だった大宜味ハル子さん(89)=同県浦添市=は自身の体験を振り返り、戦争の不条理を訴える。 「近代的な建物だった」という二高女の校舎は10・10空襲で焼かれ、以降、完全に授業はなくなった。