長年カリフォルニア州のロサンゼルス郊外に本社を置いていた北米トヨタがテキサス州ダラス郊外に移転して以降、ダラス周辺の日本人の人口は増え続けている。しかし、トヨタ移転よりずっと前、SCSグローバルプロフェッショナルという会計事務所のダラス所長を務める比嘉輝雄さんは2001年からダラスで暮らしている。

 比嘉さんはハワイ生まれ。4歳で沖縄の玉城村(現在の南城市)に両親に連れられて引き揚げた。生まれ故郷のハワイの記憶はほとんどなかったという比嘉さんに再びアメリカへと目が向いた転機は、沖縄尚学高校時代に訪れた。

 「3年の夏に沖縄タイムス主催のホームステイプログラムに参加した。2週間ほどユタ州に滞在した経験から、どうしても自分はアメリカに住みたいと思うようになった」

 高校を卒業した後、日本にあるアメリカの大学の分校に入学し、1994年にオクラホマ州にある本校に進んだ。念願のアメリカでの生活がスタートしたことでホームシックにもかからず、98年にはサウスウエスト・オクラホマ州立大学の大学院で経営学修士(MBA)を修了した。そして、ソフトウエアエンジニアとして旅行業界でキャリアをスタートした後、米同時多発テロ事件が勃発した。「事件の影響で旅行業界が下火になった。私が働いていた会社でも、大規模なリストラが続き、仕事に集中できない状況だった。一生懸命働いてもリストラされてしまう恐怖から逃げ出すにはどうしたらいいだろうと模索していたとき、友人に会計士になれば安定すると教えられた」。友人のアドバイスを素直に受け入れた比嘉さんは、昼は仕事、夜は会計士になるための学校に通い、36歳で見事に公認会計士の資格を取得した。

 途中でキャリアチェンジをした比嘉さんだが、今の仕事には大きなやりがいを感じている。「お客さんのために節税対策をアドバイスしたり、また税金関連の罰金の支払いに困っている人に役立つ情報を提供できたりした時は、人の役に立てて本当にうれしい。思えば、留学生としてアメリカに来て困っていた時、沖縄県人会の人や大学の先生に助けられた。だから、今度は自分が誰かの役に立ちたいと思う」

 ダラス・フォートワース地区の沖縄県人会でも活動を続けてきたが、最近は仕事が多忙でなかなか顔を出せないのが残念だと話す。妻は広島県出身のさおりさん。「ダラスの日本食レストランでバイトしていた彼女を、沖縄県人会の人が紹介してくれて、僕と結び付けてくれた。実はそれまで英語だけの生活で日本語を忘れていた。最初の頃、彼女とのメールや電話も英語だった」と笑う。

 アメリカに留学し、MBAを取得し、さらに公認会計士になるまでは、日本語を話す暇もないほど、アメリカの現地社会にどっぷりと浸ってまい進し続けていたに違いない。比嘉さんは今年の11月には久しぶりに沖縄に帰る計画があるそうだ。「沖縄尚学高校時代の恩師を訪ねることを今から楽しみにしている」と話してくれた。

(写図説明)フットボールチーム、ダラス・カウボーイズの練習場での比嘉輝雄さんと妻のさおりさん(右)