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皇太子時代にかりゆし姿も 「“命どぅ宝”を国民すべての願いに」天皇陛下、過去5回の沖縄訪問 

2019年10月23日 05:45

 天皇陛下が内外に即位を宣言する「即位礼正殿の儀」が22日、執り行われた。天皇陛下は、昭和の時代に1度、平成の時代に4度の計5度、沖縄を訪れている。いずれも国立沖縄戦没者墓苑などに足を運ぶなど、太平洋戦争で唯一の住民を巻き込んだ地上戦のあった沖縄戦を学ぶ機会をつくっている。

2010年7月、皇太子時代にかりゆしウエア姿で沖縄の高校生たちと交流する天皇陛下=宜野湾市・ラグナガーデンホテル

天皇陛下の沖縄訪問と主な視察地

2001年4月、皇太子時代に沖縄県の平和の礎を訪れた天皇陛下=糸満市摩文仁

2010年7月、皇太子時代にかりゆしウエア姿で沖縄の高校生たちと交流する天皇陛下=宜野湾市・ラグナガーデンホテル
天皇陛下の沖縄訪問と主な視察地 2001年4月、皇太子時代に沖縄県の平和の礎を訪れた天皇陛下=糸満市摩文仁

 最初の訪問では「現地を巡って、戦争を体験した方々の話を聞き、当時の資料、戦跡を見るにつけ、沖縄戦の悲惨さを痛感する」と語り、戦争が繰り返されることがないよう祈念した。

◆米軍基地の多さに驚き

 復帰から15年たった1987(昭和62)年9月、海邦国体夏季大会の開会式出席のために初訪問。県外から警察官1500人以上が警備の応援に駆け付ける厳戒態勢だった。糸満市摩文仁では遺族の話を聞き、県平和祈念資料館で証言集など展示品を見学。競技会場への移動中に嘉手納基地などを目の当たりにして「米軍基地の多さに驚かれていた」という。

 滞在中、「沖縄の人々は先の大戦を通して“命どぅ宝”の思いをいよいよ深くしたと聞くが、この平和を求める痛烈な叫びが国民すべての願いとなるよう切望する」「万国津梁の鐘や外国との交流の資料には自分の研究分野(水上交通史)との関連から深い興味を覚えた」などと語った。

 同年の秋季大会に天皇陛下(昭和天皇)、身障者スポーツ大会(当時)に皇太子ご夫妻(現上皇ご夫妻)が出席予定で、皇室三代が相次いで沖縄を訪れる予定だった。体調を崩した昭和天皇は来県できず、沖縄を訪問しないまま、89年1月に逝去した。

◆「知事は大変な仕事ですね」

 皇太子として初めての訪問は97年7月。ご夫妻で全国農業青年交換大会に出席した。95年建立の平和の礎、沖縄市の県立泡瀬養護学校などを訪れた。2001年4月の全国「みどりの愛護」のつどいにもご夫妻で来県予定だったが、雅子さま(当時)のご懐妊が明らかになり、皇太子のみの出席となった。

 05年4月には宜野湾市の沖縄コンベンションセンターを主会場に開かれた米州開発銀行(IDB)沖縄総会出席のために訪問。ミンサー織りのネクタイを着用し、那覇市の児童養護施設「県立石嶺児童園」で子どもたちの三線演奏を鑑賞した。沖縄の基地問題を説明した稲嶺恵一知事(当時)に「県知事は大変な仕事ですね」と語ったという。

 10年7月には全国高校総体「美ら島総体」の総合開会式や関連行事に出席。かりゆしウエアで高校生らと懇談した。

 上皇さまは、皇太子時代に5回、平成の30年間で6回の計11回、沖縄を訪問している。

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