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「殺される」命の危機、国会動く

2019年10月29日 06:00

[反ヘイト 川崎ー沖縄](2) 

 中学生の少年はその日、ささやかな希望を抱いて自分が暮らす街の路上に立った。

 「大人なんだし、僕たちは外国人も日本人も共に生きていますよ、と説明したら分かってくれる、差別をやめてくれる」

 2015年11月、川崎市川崎区の桜本地区。在日コリアンが多く住むこの街に、ヘイトデモが向かっていた。少年は「大人」の良心を信じ、裏切られた。

 「ゴキブリ朝鮮人」「出ていけ」などと醜い差別をさらす隊列。街への進入は抗議の人垣が阻止したが、少年の心と街全体を踏みにじった。同じ者たちはその後も、傷口に塩を塗り込むようにデモを計画した。

 「向こうの方からうちの街に来たから逃げることもできなかった。怖かった」。少年の母で、在日コリアン3世の崔江以子(ちぇかんいぢゃ)さん(46)は振り返る。

 「このままでは未来を生きる子どもたちを守れない」。圧倒的な被害から、立ち上がらざるを得なかった。

   ■    ■

 ヘイトデモがやまない翌16年3月。国会では野党提出の人種差別撤廃法案の議論が停滞していた。崔さんは参院法務委員会の参考人に招かれ、訴えた。

 「差別が放置されたままでは、いつか私たちは本当に殺されます」「国が中立ではなくヘイトスピーチをなくす側に立ち、差別は違法とまず宣言してほしい」

 委員会は桜本地区を視察すると決め、被害の実態を把握すると法整備の機運も高まった。与党がヘイトスピーチ対策法案を提出し、野党も加わって修正した案が5月に可決、成立した。

 一方、被害当事者として声を上げた崔さんはいわれのない集中攻撃を受けた。特にネットでは、近所に住むと装った匿名の男が「しね」「ナタを買ってくる」などと名指しで執しつ拗ように投稿を続けた。

 崔さんの心身は悲鳴を上げ、難聴や不眠の症状が出た。下の子と手をつないで出掛けることもできなくなった。弁護団の尽力で男は特定され、脅迫容疑で書類送検されたが、横浜地検が不起訴に。崔さんはつきまといを禁じる神奈川県迷惑行為防止条例違反容疑で再び告訴し、結果を待つ。

 対策法はヘイトスピーチは許されないと定めるが、罰則はない。穴を埋めるべく、川崎市は全国初の刑事罰付き差別根絶条例の年内制定を目指している。

 一歩ずつ。崔さんは「100点以外はダメ、と言ったら進まない。足りないところはまたみんなで闘って、差別根絶まで前進を続ける」と語る。

 困難の中、「諦めず、敵をつくらず、仲間を増やす」ことに徹してきた。「前へ、前へ、共に」という言葉を大切にしている。

(編集委員・阿部岳

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