[鼓動を刻む 命つなぐ心臓移植](2)

 「安里さんの心臓では厳しい。移植を考えましょうか」

心臓移植を待つ安里猛さんの病室には、家族や医療スタッフが代わる代わる訪れた。孫たちの写真で飾った手作りカレンダーも張られ、闘病生活を支え続けた

 元宜野湾市長の安里猛さん(67)は琉球大学医学部付属病院に入院中だった2011年11月、主治医で第二外科の稲福斉講師らにそう告げられた。

 間を空けず、日本臓器移植ネットワークに心臓移植希望登録を申請したのには理由があった。当時、登録の対象年齢は60歳未満(現在は65歳未満)で、59歳の安里さんにはぎりぎりのタイミングだったからだ。

 従来の治療法では改善しない末期的状態にあり、心臓以外の重症疾患がないことなどの条件を踏まえ、登録が認められたのが翌12年1月下旬。1月29日の誕生日を間近にした知らせに「運が良かった。これ以上ない誕生日プレゼントになった」と、家族と共に喜びをかみ締めた。ただそれは、スタートラインに立ったに過ぎなかった。

 移植ネットによると19年9月30日現在、国内の心臓移植希望登録者は777人に上り、登録から移植まで3~4年かかるとされる。安里さんは移植までの間に、脳出血や緑膿(りょくのう)菌感染症を合併。感染症の抗生剤治療の副作用によって難聴にもなった。

 ゴールが見えない闘病生活。それでも「毎日、誰かが声を掛けてくれて心強かった。琉大病院にいる間は笑っている記憶しかない」と思い返す。

 集中治療室(ICU)から一般病棟の個室へ移ると、病棟や敷地内を歩くリハビリを開始。体外式の補助人工心臓は大型で移動も一苦労だが、医療スタッフが1日800メートルを目安に、日々歩いた距離を記録し「フルマラソン完走」を後押しした。妻美佐子さん(69)に加え4人の子や孫たちも病室を訪れ、季節や近況の話で盛り上げてくれた。

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 現在、国内で心臓移植が行えるのは8都道府県の10施設。すべて本土にあり、沖縄の患者は移植の順番が近づくと、本土の指定病院に移ってドナーが現れるのを待つ。家族ら付添人の存在も不可欠で、多くは近くにアパートを借りるなどして患者をサポートする。

 「もうすぐ転院になりそうです」。13年末、稲福医師からそう説明を受け、美佐子さんの日記の文面が興奮を伝える。〈待ちに待っていた日が来た!〉

 安里さんの受け入れ先は、東京大学医学部付属病院だ。年が明けると、慌ただしさが増した。東京に行く人数の確認、生活拠点の決定…。全ての準備を整え、やがて出発の日。妻と長女に加えて体の管理や予期せぬ機械トラブルに備え、3人の医療スタッフが同行した。

 振り返ればICUで約10カ月、一般病棟で2年近くを過ごしてきた。人工心臓を装着した身で、幾度もの命の危機を乗り越えてきた安里さんを、琉大病院第二外科を率いる國吉幸男教授はこう言って励ました。

 「安里さんは奇跡の人だ。もう一踏ん張りですよ」(学芸部・新垣綾子)