沖縄タイムス+プラス ニュース

首里城再建の鍵は人材と建材 復元の設計責任者が説く データは蓄積、「若い人の力を」

2019年11月1日 08:18

 1986年からの首里城復元で設計統括責任者として携わった県建築士会前会長の中本清氏(71)は、首里城再建の課題に、建材の確保と人材育成の必要性を指摘する。当時も復元に必要な材木の調達に苦労した背景があるという。また、当時より大工や漆、瓦の職人の数は減少している。

「琉球王朝首里古地図」上の首里城を指し示す、首里城復元に関わった中本清氏=31日、那覇市首里山川町の宮平設計

 85年当時、首里城の資料は沖縄戦でほとんど焼失したため、戦前や戦中に首里城を見ていた建築士の話を聞いたり、古文書やそれを記したノート類、油絵などを参考にした。歴史や文化財、工芸関係者などの専門家を交えて史料研究会を重ねたという。

 歴史や文化の象徴として忠実な再現を求めながら、「展示機能を兼ね備えた正殿として来場者の動線を考慮し、一部のはりには鉄骨を組むなどの設計を施した」と振り返る。当時の図面は正殿だけで百数十枚。建設に約3年かかったが、設計にも約3年を要した。

 正殿の構造に使う建材には、半径約1・5メートル、高さ約10メートルの太い大きな材木が大量に必要になる。史料などからタイワンヒノキが挙がったが、当時の台湾には伐採規制があり、購入は難航したという。中本氏は「近年は、当時よりさらに自然環境保護の意識が高い。沖縄に思いを寄せる地元業者に融通してもらったが、再建には建材調達が課題になるだろう」とする。

 ただ、前回の復元作業とは異なり、今後の再建に向けては設計図も詳細なデータなども残っている。「財政面の問題はあるが、さまざまな分野の意見を系統立てて積み重ねた知見もある。日本復帰50年の2022年に建設着工ということも可能ではないか」とみる。

 その上で「当時は沖縄の大工も元気で、沖縄らしい木造の組み方や独自の材木もあった。県内の職人も少なくなっているが、首里城再建には、10~20年かかる。設計や職人も含めて、挑戦する若い人の力が必要だ」と話した。

 
前の記事へ 次の記事へ
沖縄関連、今話題です(外部サイト)
JavaScriptをOnにしてください
きょうのお天気
アクセスランキング
ニュース 解説・コラム
24時間 1週間