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変わり果てた姿に絶句…首里城、火災前と後の比較

2019年11月7日 10:58

 6日、首里城火災の被害の状況が明らかになった。国、沖縄県、沖縄美ら島財団が会見し、全焼した正殿のほか被害を受けた建物の焼損状況を説明した。正殿や北殿、南殿など各建物の写真を火災前と後で比較すると、約11時間に及んだ猛火の甚大な被害が分かった。(写真は全て国営沖縄記念公園事務所提供)

▼正殿

 首里城の中心的な建物で木造3階建て。1階の「下庫理(しちゃぐい)」は主に国王自らの政治や儀式の場。2階「大庫理(うふぐい)」は国王と親族、女官らが儀式を行った。1992年復元。 

【首里城火災の損傷建物】

 

 ▼北殿

 王府の中央行政庁。中国の使者「冊封使」の接待場でもあり、ペリーが訪れた時は北殿で宴が開かれた。2000年のサミット夕食会場。1992年復元。

▼南殿・番所

 左側が主に日本的な儀式や薩摩藩の接待に使われた「南殿」。右側が正殿を訪れる人々の受け付けや国王への取り次ぎなどに当たった「番所(ばんどころ)」。92年復元。

▼黄金御殿

 

 王や王妃、王の母の私的な空間といえる建物。居間や寝室などの2階部分で正殿・二階御殿・近習詰所とつながっていた。2014年の復元後は特別展示室があった。

▼寄満(ゆいんち)

 

 国王や家族の日常の食事を調理した場。東端に王族や世話をする女官らが暮らした御内原(おうちばら)へ続く中門がある。14年復元後、2階は展示物の収蔵庫、1階は多目的室だった。

▼二階御殿

 

 国王の日常的な居室として使われた。北側は2階建て、南側は平屋建て。2階内部は床の間や違棚のある書院風の造りで00年復元。

▼奉神門

 

 正殿のある「御庭(うなー)」へ入る最後の門。王国時代、北側は薬類・茶・煙草などの出納を取り扱う「納殿(なでん)」、南側は儀式などに使われた「君誇(きみほこり)」。1992年復元。右は御庭側から撮影。

▼書院・鎖之間

 

 国王が日常の執務を行ったのが「書院」。冊封使や那覇駐在の薩摩役人を接待することもあった。「鎖之間(さすのま)」は王子などの控所。2007年復元。

▼奥書院

 

 国王が執務の合間に休んだ建物。南側の庭園は発掘調査で主景となる鍾乳石が出土し、欠損部分を修復するなどして整えた。14年の復元後は休憩や庭園観賞ができた。    

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