社説

社説[大嘗祭]政教分離の疑義消えぬ

2019年11月15日 06:00

 皇位継承に伴う一代に一度しか催されない重要祭祀(さいし)「大嘗祭(だいじょうさい)」が14日夜から15日未明にかけ、皇居・東御苑を舞台に皇室行事として営まれた。

 首相ら三権の長や閣僚、全国の知事、各界の代表ら675人が招かれた。

 天皇は毎年11月、その年に収穫された新穀を神々に供え、自らも食し国と国民の安寧や五穀豊穣(ほうじょう)を祈る「新嘗祭(にいなめさい)」を執り行っている。即位後初めて行われる新嘗祭が特に大嘗祭と呼ばれる。

 7世紀後半に始まり、戦乱などの影響で約220年間中断した時期もある。もともと簡素な祭祀だったとされるが、天皇を神格化する国家づくりを進めた明治に巨大化した経緯がある。

 祭祀の舞台として建設された大小30余りの建物など、建設関係費に約24億4千万円の国費が支出される見通し。

 問題は、大嘗祭が天皇家の私的な祭祀で、神道形式の宗教色が強いことだ。それに国費を支出することは疑問である。大嘗祭は「秘事」とされ「神と一体化する儀式」との説もある。核心部分を含めほとんどが非公開だ。

 憲法20条の政教分離に違反するとの批判は根強い。政教分離原則は、明治以降、国家と神道が結び付いた国家神道への強い反省がある。

 平成の代替わりでは、国庫支出が憲法の政教分離原則に違反するとして市民らが国を相手にした訴訟を各地で起こした。大阪高裁は1995年3月、「神道儀式としての性格は明白」として、「政教分離規定に違反するのではないかとの疑義は一概に否定できない」との判断を示した。

 今回もすでに訴訟が提起されている。憲法違反との疑義が消えないのである。

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 昨年11月、皇嗣(こうし)秋篠宮さまは誕生日を前にした記者会見で「大嘗祭は皇室の行事として行われるもので、宗教色が強い。国費で賄うことが適当かどうか」と疑問を呈し、「身の丈にあった形で行うのが本来の姿」などと語った。

 公費ではなく、内廷会計という天皇家の私的費用で営む。政教分離と簡素化を念頭に置いた発言である。

 政府方針に皇室側からの問題提起だったが、議論が深まることはなかった。

 政府は昨年3月の式典準備委員会で、平成の代替わりを「前例踏襲」することを早々と決めたからである。議論の時間があったにもかかわらず、会合は3回しか開かれず、「結論ありき」で議論らしい議論はなかった。

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 明文化された大嘗祭は戦後、法令から消えた。しかし政府は平成の代替わりで次のような見解をまとめた。

 宗教上の儀式であることは否定できず国事行為として行うのは困難としながら、皇位の世襲制をとるわが国の憲法の下では公的性格があるとして、国費の支出を決定した。曖昧なのである。訴訟が提起されるのはそのためである。

 議論の棚上げは政府の怠慢と言わざるを得ない。大嘗祭を憲法の理念に基づくものにするにはどういう在り方が望ましいのか。時代にふさわしい儀式の在り方について、不断の議論が重要である。

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