私たち一人一人が差別に加担してきた責任に向き合い、今度こそ社会に残る偏見をなくす取り組みを前に進めなければならない。

 ハンセン病元患者の家族に対する補償法が成立した。

 前文に国会や政府の「反省」と「おわび」を明記する法律は、国の誤った隔離政策が家族にまで及んだ被害を救済しようというものだ。元患者への補償から18年遅れて、積み残されていた家族への補償がようやく動きだす。

 法案づくりは、6月に熊本地裁が家族への差別被害を認め、国敗訴の判決を言い渡したことから本格化した。

 成立した補償法は、熊本地裁が認めていなかった米軍統治下の沖縄の被害を含めるなど裁判への参加・不参加を問わず広く救済する内容だ。元患者の親子や配偶者らに180万円、きょうだいらに130万円を支給する。

 対象者は2万4千人に上るとみられている。支給には請求が必要で、家族と証明する資料の確認や有識者による審査を経なければならない。

 家族訴訟の原告561人のうち実名で裁判に臨んだのが数人だったことを考えれば、家族であると分かることを恐れて請求をためらう人がいるのではないか。元患者の中には病歴を隠している人も少なくない。既に家族関係が崩壊し連絡する手段がない人もいる。

 声を上げられない人が不利益を被らないよう、プライバシーを守りつつ補償が受けられる特別な配慮を求めたい。

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 「人生被害」と形容される苦しみは想像を絶するものがあった。

 裁判で原告側が「共通損害」として訴えたのは、「差別偏見を受ける地位に置かれたこと」と「家族関係を妨げられたこと」だった。この問題特有といっていいのが家族の離散や分断である。

 恐ろしい病気とのイメージを植え付けた隔離政策によってすさまじい差別に遭った女性は、最後まで「20センチの壁」が超えられなかったと証言している。「布団の中でも、必ず母との間に、20センチの距離をつくりました。たった一人の娘に、そんな態度をとられた母は、どんな思いがしたことでしょうか」(ハンセン病家族訴訟弁護団編「家族がハンセン病だった」)。

 時間を戻すことはできないが、それでも家族との絆を結び直し、傷ついた心を癒やしていくことが真の救済につながる。関係回復に向けての施策にも力を入れるべきだ。

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 家族訴訟の原告の約4割が県内在住者だったことは、沖縄戦や米軍統治の歴史の中で差別が深刻化してきた実態も浮き彫りにした。国の責任とともにあぶりだされたのは、社会の加担構造である。

 補償法には「偏見と差別を国民と共に根絶する決意」も記されている。

 原告が裁判所に提出した意見陳述書に目を通してほしい。ハンセン病の歴史を伝える資料を展示した愛楽園交流会館に足を運んでほしい。県内に二つある国立療養所の入所者と交流を図ってほしい。

 差別をなくす確かな決意を胸に刻みたい。