夏のさなかの日曜に、自宅の大掃除をした。
しばらく開けていなかった押し入れから荷物を出して、いらないものを処分していく。
掃除機といっしょに低くがらんと開いた押し入れにもぐりこんで、電源を入れた。
ふと、なにかに気づいた。
床に穴があいているのだ。
丸く小さな四つの穴と、それらをつなぐ長方形の切れ込み。ギョッとした。掃除機の音がいきなり遠くなった。
しばらく悩んで、穴のひとつにそっと指をひっかける。床のベニヤ板は周囲から切り取られていて、想像以上に軽々と持ち上がった。
サングラスをかけた女性がいた。
黄色の表紙をした、イタリアの小説。わが家の押し入れの底にはぽかんと隠しスペースがあって、そこに文庫本がおさまっていたのである。
汗をふいて、どぎまぎしながら、一冊ずつ取り出していく。ツルゲーネフ、国木田独歩、小林多喜二、岩波の文庫本。
隠すようなものでもない。冷や汗をかいた自分も、変な勘ぐりをした自分もおかしくなって、押し入れのなかで声を上げて笑った。
前の住人のしわざに違いない。元は貴重品のたぐいをしまうために作ったスペースで、部屋を出るときにわざわざ本を忍ばせておいたのかもしれない。
ミステリ小説の世界では、スイッチを押したら本棚のうしろから隠し扉が出てくるのが相場だ。本はどんなときも、秘密の匂いがする。
いつか、自分が作った本をここに入れておき、知らん顔を決め込むつもりだ。誰がいつ見つけるか、わたしには分からない。
時を超えて、人を驚かせる本。
文字通りのそんな未来を想像してとてつもなく愉快になり、もう一度、笑った。