霞ヶ関の官僚や政治家たちは「沖縄は金で算段すればなんとかなる」と今も信じて疑わない。一方の沖縄も振興策にすがってきたために、いつしかアメに依存する体質を強めてしまった。 

 ゆえに、基地の跡地には巨大なショッピングモールばかり建設され、今回の選挙にいたっては現実性があるとは思えないテーマパークの誘致まで話に持ち上がった。ショッピングモールにせよテーマパークにせよ余所(よそ)からの持ち込みの施設で、愛郷心や土着性の片鱗も感じられないものばかりである。 

 土地にはそこを耕して生きてきた先人の苦楽の歴史や伝統的な風景、物語や言葉、習俗・習慣、信仰の場があったはずである。それが軍事基地に取って代わられために、その土地本来の「風土」が失われてしまった。あるいは「故郷」を喪失したといっていいかもしれない。 

 ために、共同体の自意識や目的が希薄化し、自らの土地を自らが乱開発していくという現象が生まれ、いまや返還地のほとんどが生産の場ではなく、巨大商業資本だけが大手を振って歩く消費の場に取って代わられてしまっている。 

「基地を返還してもどうせまたショッピングモールでしょ」とは、国交省の役人の言葉である。しかしこのことはいいかえれば、沖縄に将来を構想する土着の力や本気度が足りないことを示している。 

 だからこそ、基地の跡地利用においては、「この土地はこう活用したいから、基地を撤去してほしい」と、強く主張していかなければならないのだ。そのためには、自立的な共同体や経済圏の樹立に必要なリソース(資源や資産)の構築と、それを支えるマンパワーの養成が求められる。 

 これは宜野湾のみならず沖縄全体にいえることだが、たとえば伝統工芸の復興ひとつとっても、これまでの「伝統工芸館」のような見世物施設をつくるのではなく、まず職人を育成するという発想に切り替えることが必要になる。そしてその職人の作品を土着性の高い差別化された商品してプロデュースし、産地そのものをブランド化させていく。 

 京都の西陣やフィレンツェがよき手本といっていい。両者とも規模の小さい家内制手工業がメインではあるが、優れた職人の町と知られ、世界に通用するブランドを流通させてきた歴史がある。何百年にもわたって人的リソースを再生産し、土地の持つ価値を支えてきた街といおうか。 

 幸いなことに沖縄には独自の伝統芸能や長寿食に代表されるように、世界に発信できる可能性を秘めた土着の文化がある。 

 つまるところ、創造すべきは本来あり得た沖縄らしさという価値であり、お金をかけるべきは文化を創造し、継承する「ヒト」ということになる。  

 地政学的にも沖縄はアジアの交差点に位置している。構想しだいでは、沖縄は将来的に軍事的な要石から、文化交流の要石としてその役割を逆転させることも夢ではない。 

 ついでながら、基地の跡地利用というと行政の仕事と考えがちだが、そうではあるまい。街づくりの主人公はあくまで住人であり、そこで暮らす人々の仕事である。ゆえに行政や地権者、商業資本だけの思惑や都合で進めるものであってはならないのだ。 

 土地の全体性(資源・人・文化)を将来まで責任をもって生かすにはどうすべきか。後代の人々にも愛郷心がもてるような街にするには何が必要か。街づくりには地域の伝統や役割を再認識し、かつ育成することが可能で、その価値を内外に発信する人材が不可欠になる。そのためにも、基地の跡地利用には文化人、知識人、芸術家、工芸職人なども巻き込んだ文化の蒸留度の高い議論が求められる。 

 健全で豊かな未来を選び取るためにも、先祖代々の土地が金とコンクリートに化けるという仕組みはもう終わりにすべきだ。 

 最後に宜野湾市の有権者に付言しておきたい。今回の市長選は全国から注目されている。両陣営に共通して言えることだが、基地被害の「報酬」として、夢のような話に乗ってしまえば、どう言い繕おうとも、「沖縄はどうせ金目当てだ」と嘲弄(ちょうろう)されるのがオチだ。 

 うまい話の「報酬」の見返りは内地からの「軽蔑」でしかない。宜野湾市民は国家ぐるみの策略にくれぐれも警戒すべきである。