「辺野古新基地建設反対」「仲間を早く解放せよ」。2月22日の名護市辺野古、米軍キャンプ・シュワブゲート前。約2800人の市民らがシュプレヒコールを上げた。名護市辺野古への新基地建設の反対を訴える集会は、これまでにない一体感であふれていた。
発端は、同日朝、米軍の日本人警備員が、沖縄平和運動センターの山城博治議長ら市民2人を拘束したことだった。ゲート前で声をからし、新基地建設阻止を訴える山城議長は、常に抗議活動の先頭に立ってきた。
集会の始まりを告げたシュプレヒコールの第一声は、辺野古新基地建設反対ではなく、「仲間を早く解放せよ」。当局には反対運動を萎縮させる狙いがあったかもしれないが、逆に市民らの熱は冷めるどころか怒りを増幅させ、結束力をさらに強めた。
集会で壇上に立った名護市の高校生、渡具知武龍君も、何としても建設を強行しようとする国の姿勢を引き合いに出した。国がゲート前のテントを撤去するよう指導したことについて、「撤去されるべきは、テントではなく基地であるべきじゃないか」と指摘。この日一番の大きな拍手と指笛が鳴り響いた。
集会には、昨年12月、衆院選で辺野古反対を掲げて当選した4人の沖縄県選出国会議員が出席。社民党の吉田忠智全国連合党首や共産党の小池晃副委員長らもあいさつに立った。
参加者からどよめきが上がったのは、玉城デニー衆議院議員(生活)の第一声。
「みなさんはお金を受け取って参加しましたかー?」
インターネット上では、ゲート前で基地建設反対に抗議する市民は、日当をもらっているというデマが流れている。参加者らはこれを明確に否定してみせた。
辺野古反対の抗議運動に対しては、ほかにも「一般市民を装ったプロ市民(活動家)」「中国や韓国と深い関係がある」「反日」「テロ」などと根拠のない誹謗中傷がネット上に書き込まれている。
しかし、現場の様子はこうだ。汗ばむ天気の中、ゲート前の芝生に弁当を広げ、体育座りをし、あいさつが始まれば、うなずきながら、静かに耳を傾けている市民の姿がある。お年寄りが孫の手を引いて、県内各地からバスに乗り合い、現場に足を運ぶ。非暴力に徹した丸腰の老若男女たちによる、静かな怒りのパワーが感じられた。
今回の集会は、昨年11月の知事選で新基地建設に反対する翁長雄志氏が当選してから初めての集会だった。
しかし、会場に翁長知事の姿はなかった。県議会2月定例会の答弁調整が理由という。先の知事選で保革の枠を超えて10万票差で圧勝しただけに、「オール沖縄」を象徴する辺野古の地で、沖縄の未来を市民と共に描く瞬間に立ち会うことは、政府や米国に新基地反対の強い意志を示す大きな意味があったのではないか。
一方で、反対の声を上げるだけでは基地建設を止められない。辺野古海域の埋め立て承認の瑕疵を検証する第三者委員会の結論の行方を含め、民意を反映させ、公約を実現する翁長知事の手腕に注視したい。
今回、集会に足を運んだ親子2組と子や孫のために参加した68歳の男性に、声を聞いた。
■男性39歳、教員。うるま市から4人の子供たちとバスに乗って辺野古を訪れた。出かける前、自宅で子供たちにこんな話をしたという。
「基地はお父さんたちだけの問題じゃない。新しい基地は、みんなが大人になっても、子供ができても、孫が生まれても基地は残る。一緒に考えよう」
小学1年の娘と3歳の妹は「遠足みたい」とおやつを楽しみにはしゃいでいたが、小学3年の双子の息子は、あいさつにじっと耳を傾けていた。
一人は「大人の顔が真剣で怖い。でも、それくらい大きな問題なんだと思う」。もう一人は「お父さんが基地の話もジュゴンの話もしてくれる。沖縄には基地が多いから、もういらないと思うよ」とたくさんの大人たちのシュプレヒコールと拍手に包まれながら話した。
■33歳女性。小学4年と1歳の娘を連れて辺野古に来た。「基地を新たに造らせてはいけない」と、自宅のある豊見城市から自家用車で駆けつけた。4、5年前から抗議集会などに参加している。「自然を大事に、子どもたちのためにも平和に暮らせる沖縄を守っていきたい」と思いを語った。
■68歳男性。子や孫のために基地建設に抗議しようと、うるま市から参加した。沖縄の土地が米国に強制的に接収された歴史や、ベトナム戦争や湾岸戦争、イラク戦争時には嘉手納基地が出撃、中継の拠点となったことなどを振り返り、「これは、沖縄の心や財産を取り戻す闘い。自分たちの子や孫につらい経験をさせたくない」と訴えた。