非政府組織「ペシャワール会」の中村哲医師(73)がアフガニスタンで銃撃され死亡したとの突然の訃報に、沖縄県内の関係者は「信じられない」と言葉を失った。中村さんが現地代表を務める同会は、県が創設した沖縄平和賞を最初に受賞。中村さんは本紙インタビューで「日米の軍事協力のしわ寄せが沖縄を苦しめている。基地を撤去し、誇り高い沖縄を目指してほしい」と、沖縄への思いを語っていた。

稲嶺知事(左)から沖縄平和賞の記念品を受け取る中村哲氏(右から2人目)=2002年8月30日、名護市の万国津梁館

 元県知事の稲嶺恵一さん(86)は賞を創設し、同会に授与した。「アフガニスタンのために全てをささげ、尽くしてきた。何で銃撃されるのか…」と言葉を詰まらせた。

 同賞が一定の評価を得たのは中村さんの活動が世界的に認められていたことが大きかったとし、「中村さんは平和の象徴でシンボル。世の中が悪い方に向かい、平和が遠のいている。平和の難しさを痛感する」と嘆いた。

 同会会員の坂尾美知子さん(68)=那覇市=は県内の病院を早期退職し、パキスタンにある同会の病院で6年間、検査技師として勤務した。

 多忙な中村さんと会話を交わしたことはほとんどなかったが、食事で同席した際にふと、「戦争で一番苦労したのが沖縄だ」とつぶやいた。坂尾さんは「沖縄のことをずっと気に掛けてくれているんだ」と察した。

 9月に講演で来県した際、握手を交わしたのが最後の対面に。坂尾さんは銃撃の一報を、通っている名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブのゲート前で知った。「私も平和のため、ここで頑張っていることを伝えたい」と言葉を振り絞った。

 2017年に県内で中村さんの講演会を企画した、県女性の翼の会会長の鈴木啓子さん(66)は「いつも危険と隣り合わせで本当に尊い仕事をされていた。謙虚で誠実な方で、いつもにこにこしているのが印象的だった。ノーベル平和賞にも値する方。本当に残念」と惜しんだ。