国民の生命に関わる事故が起きたら、再び起きないようにあらゆる手を打つ。当たり前の責任を政府は果たしていない。

 宜野湾市野嵩の緑ヶ丘保育園の屋根に、米軍普天間飛行場所属のCH53E大型輸送ヘリからとみられる円筒が落下した事故が発生して2年がたったが、現状は改善されないままだ。

 保育園の保護者らでつくる「チーム緑ヶ丘1207」のメンバーが6日、上京して政府に、米軍ヘリの保育園上空飛行禁止などを要請した。

 同じ内容の要請は昨年2月、12月に続き、これで3回目だ。

 保護者らは、騒音、飛行回数が増え、現状がひどくなっていると訴えたが、政府は「米軍に飛行ルートを守るよう伝えていく」とこれまでと同じ回答を繰り返すだけだった。

 保育園上空の飛行禁止を求める署名に14万筆以上が集まった。それでも、米軍機は園の空の上を飛び続けている。

 この2年、近隣住民の生活は、いつまた事故が起きるのではないかという不安の中にあった。

 「東京でもし、このようなことがあっても国は放っておくのでしょうか? 沖縄だからこうなのでしょうか? 東京の子どもと沖縄の子どもの命は重さが違うのでしょうか?」

 11月に豊見城市で開かれた日本平和大会で登壇した「チーム緑ヶ丘1207」メンバーの与那城千恵美さんの訴えには、焦燥感がにじんだ。

■    ■

 沖縄防衛局が実施した、普天間飛行場周辺の米軍機の飛行ルート(場周経路)の実態調査で、場周経路を北側にはみ出し、国道58号や西海岸の上空を飛行している現状が明らかになった。

 経路から離れた緑ヶ丘保育園の上空付近も、頻繁に飛行した航跡が確認された。

 2004年に普天間飛行場所属のCH53D大型輸送ヘリが宜野湾市の沖縄国際大学に墜落した事故を受け、日米両政府は病院や学校、住宅地の上空での飛行を避けることや高度を維持することを定めた。

 しかし、「できる限り」「必要とされる場合を除き」などのただし書き付きであり、米軍の判断次第だ。

 緑ヶ丘保育園では米軍機の音がすると、昼寝中の子どもが無意識に耳をふさいだり、年長の子が年少の子の耳を押さえたりするという。

 「せめて学校や保育園だけは安心安全に行かせたい」

 与那城さんら保護者が望むそんな当たり前の願いが沖縄では叶(かな)わない。

■    ■

 今月13日には、普天間第二小学校の運動場にCH53E大型輸送ヘリの窓が落ちた事故から2年になる。

 保育園の落下事故からわずか6日後。体育の授業を受ける児童から十数メートルしか離れていない場所だった。

 今月5日には金武町伊芸区に照明弾が落下する新たな事故が起きた。

 次々に事故が発生し、年表に書き加えられていく現状を主権国家として許していいのか。