プロダクトデザイナー 比嘉一真さん(36)=北中城村出身

 わらにもすがる思いで、夢を探しに向かった東京。仕事も学業も中途半端な自分自身に決別するためでもあった。あれから17年。モノづくりの現場に活路を見いだし、気鋭のプロダクト(製品)デザイナーとして日々を送る。「使う人に豊かな時間や体験を届けられることが何よりの醍醐味(だいごみ)です」。そう語る言葉は充実感にあふれる。

デザインを担当したポットを持つ比嘉一真さん。「沖縄発のブランドをいつか作れたら」と話す=東京都武蔵野市・バルミューダ本社

デザインを担当したポットを持つ比嘉一真さん。「沖縄発のブランドをいつか作れたら」と話す=東京都武蔵野市・バルミューダ本社 

デザインを担当したポットを持つ比嘉一真さん。「沖縄発のブランドをいつか作れたら」と話す=東京都武蔵野市・バルミューダ本社 デザインを担当したポットを持つ比嘉一真さん。「沖縄発のブランドをいつか作れたら」と話す=東京都武蔵野市・バルミューダ本社 

◆高校中退し気ままな生活

 幼い頃は、自宅の電化製品やおもちゃを分解したがる子だった。でも、学校の授業で図画工作がそれほど好きだったわけではない。

 地元の北中城高校に進学したが、将来の目標を持てないまま2年で中退。日雇いの建設作業員に就いた。おしゃれに目覚め、気ままな生活を送っていたが、ある日、転機を迎える。

 年配の先輩が病気で倒れ、受け入れ先の病院をたらい回しにされた。体が資本の建設作業員の仕事。福利厚生のセーフティーネットからこぼれ落ち、たちまち生活に困窮する様子を見て「いつか自分もこうなるかもしれない。このままでは駄目だ」。将来を模索するため、上京を決意した。

◆頭を下げて学び直し

 不動産会社で建売住宅の営業をしている時、「プロダクトデザイン」という職業があることを知る。モノを生み出し、人々の暮らしに潤いを与える仕事に魅力を感じた。調べると、デザインの専門学校は高卒の資格が要る。高卒認定試験を受けて合格したが、学費の用意ができなかった。

 帰省し、両親に頭を下げて経済的援助を願い出た。「もう一度、学ばせてほしい」。高校で挫折し、半端な形で社会に出たこれまでの道のりがあるだけに、すぐには了解しない両親。それでも、紆余(うよ)曲折を経て、やりたいと思えることを見つけた息子の熱意にほだされ、支援を約束した。

◆デザイン賞を受賞

 建築デザイン、プロダクトデザインの専門学校で計4年学び終えた頃、誘いを受け、創業間もない家電メーカー「バルミューダデザイン(現バルミューダ)」に入社する。自由な社風の中でアイデアを出し、新製品が世に出ることにやりがいを感じた。

 寺尾玄社長の下でチームリーダーを務める。電気ポット、加湿器、オーブンレンジなど洗練された形状と優れた機能性は、国内外のデザイン賞を受賞するなど評価は高い。

 「再び学業の道へ進むことを許してくれた両親に感謝しながら、モノ作りで世界中の人々に喜ばれることを目標に精進したい」

 夢を見つけて諦めなければやり直せる。進路に悩む沖縄の子どもたちに自らの経験を通して伝えたいと思っている。(東京報道部・西江昭吾)=連載アクロス沖縄

 【プロフィル】ひが・かずま 1983年、北中城村生まれ。建設作業員を経て19歳で上京。スペースデザインカレッジ、桑沢デザイン研究所でそれぞれ学び、2010年に「バルミューダ」(寺尾玄社長)入社。現在、プロダクト・リードデザイナー。担当した製品がグッドデザイン賞(日本)や世界最大級のデザイン賞「レッド・ドット・デザイン・アワード」(ドイツ)などを受賞。