「独り」をつないで ひきこもりの像

「不審者に見える」と解雇され… 東京からの“SOS” 息子の部屋の惨状に衝撃

2020年1月13日 05:50

■「独り」をつないで ひきこもりの像 孤絶(中)

上京先で息子が住んでいたアパートの風呂場。ヨシエさんが写真に収めた=2013年、都内(提供)

 天井近くまで積み上がる漫画本やアニメDVD、散乱するアルコールの空き缶−。他人の出入りを拒むかのように、沖縄から送った大量のレトルト食品が通路をふさぎ雪崩を起こしていた。

 遠く離れた東京で、2度目のひきこもりに入った息子(34)の部屋の惨状に、ヨシエさん(69)=仮名=は「現実を突き付けられた気がした」。1週間かけ、泣きながら1人で掃除した。

 「働きたい。東京なら働き口がたくさんあるはずだから」。2007年、沖縄本島北部の自宅でひきこもり生活4年目を迎えた息子は、精神科につなげようとした矢先、上京した。

 引っ越し後、すぐ届いたのは「私服警備の職が見つかった」との一報。だが安堵(あんど)したのもつかの間、連絡は途絶えた。

 異変を感じ、仕事の合間を縫って15回ほど上京したヨシエさんだが、部屋には入れてもらえなかった。沖縄から電話で都内の保健所に助けを求め、紹介された医療機関で息子は適応障害と診断された。

 後に、私服警備員として初めて派遣された店舗で「不審者に見える」と言われ、数日で解雇されたと聞いた。ハローワークに足を運んで10社ほど面接を受けたが全て不採用だったという。沖縄から定期的に振り込まれる数万円の生活費を頼りに暮らしていた。

 「助けて」。か細い声で電話があったのは上京から6年たったころ。迎えに飛んで沖縄に連れ戻した。

 息子は自宅に戻るのを嫌がり、この頃から、現在も母子で住むアパートでの生活が始まった。

 息子は企業のカスタマーセンターにクレームの電話をかけたり、テレビやガラスをたたき壊したりしたこともある。ヨシエさんへの暴力はないが「いつか事件を起こしかねないと不安でたまらなかった」。

 精神科の受診も拒んだ。ある日、息子が窓から物を投げて他人の車を傷つけたのを機に、ヨシエさんは「パトカーで病院に連れて行ってほしい」と110番通報した。しかし警察は、嫌がる息子をヨシエさんが車に乗せて病院へ行くのに、後ろからパトカーで付き添うだけだった。

 息子は精神科に3カ月入院した。この時の診断は発達障害。それから6年後の今も通院を続けるが、息子の症状は改善するどころか、ヨシエさんの目には自殺衝動が強まったように映る。月1度の精神科医との親子面談は毎回「変わったことは」などと聞かれて薬を処方され、終わる。

 保健所、警察、医療機関−。勇気を振り絞って頼ったが、最近の息子は、以前は大好きだった漫画本さえ手にしなくなってしまった。(「家族のカタチ取材班」・篠原知恵)

<孤絶 (下)>に続く

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