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「また何か落ちてきたら…」小6が事故をテーマに選んだ理由 校庭パニック、はっとした先生の一言

2019年12月13日 05:23

[私たちの「日常」普天間第二小 ヘリ窓落下2年]

2年前の落下事故当時、運動場で鉄棒をしていた國吉なぎさん=9日、宜野湾市新城の普天間第二小学校

 普天間第二小学校(沖縄県宜野湾市)の運動場の一角には、2頭のヤギがいる。6年の國吉なぎさん(11)はその子たちがちょっと怖いけれど好きだ。草を近づけたら、ちゃんと食べてくれる。

 運動場の周囲はL字型にフェンスが張られ、米軍普天間飛行場に接している。ヘリが頭上を横切ると、ヤギは時々「メェーメェー」と大声で鳴く。國吉さんは「うるさいよって対抗してるのかも」と笑う。

 「(1)音聞いて(2)止まって(3)目視(4)怖いと思ったら逃げましょう」。教室にはそんな張り紙があるが、國吉さん自身、今までに怖いと感じて逃げたことはない。

◆どうして騒ぐんだろう

 2017年12月13日午前10時8分。4年生だった國吉さんのクラスは運動場にいて、男の子は大縄、女の子は鉄棒の授業中だった。

 「あっちに看板みたいなのがくるくる落ちていくね」。友人が気付いて言った。國吉さんは危ないと感じなかったが、周りは一斉に校舎へと走りだした。

 理由を聞いても誰も答えてくれず、「たぶん遊びで走ってるんだ」と思いながら教室を目指した。事故を知った保護者やマスコミが学校に詰め掛けても「部品が一つ落ちたくらいで、どうして騒ぐんだろう」と不思議だった。

 誰にも当たらなくて本当に良かったと先生が胸をなで下ろすのを見て初めて、「大変なことが起きたんだ」とはっとしたという。

 今秋、國吉さんは落下事故の記憶を作文に書き、校内の童話・お話会で発表した。夏休みの思い出でも将来の夢でもなく、事故をテーマに選んだのには理由があった。

 「また何か落ちてきた時、みんなにけがしてほしくないから」。事故を経験していない学年にも、万一の際は近づかず逃げるよう伝えたかったと話す。

◆でも、慣れることはできないな

 國吉さんのように基地と隣り合わせの学校生活をつづった作文は、第二小が1973〜2012年度まで発刊した文集「そてつ」にいくつも載っている。

 33年前、伊礼精得校長(当時)は、今と違って雨漏りする校舎だが「みんなが力を合わせて水をすくい取るから大丈夫」と文章を寄せた。狭い運動場だが、元気いっぱい走り回るからこちらも大丈夫だと続け、一転、こうつづった。

 「普天間第二小学校は基地のそばで 飛行機の音がうるさい と人はいいます/そうなんですけど でも どうしましょう……」

 國吉さんは、騒音が何十年も前から続いていると知って驚く一方、うるさければ耳をふさぎ、音がやんでから話せば大丈夫だと考える。「入学した時から学校ってそういうもの。慣れたら普通だから。でも…」。少し考えて付け加えた。

 「何か落ちてくるのに慣れるのは、できないな」

 ◇    ◇

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)所属のCH53E大型輸送ヘリが普天間第二小の運動場に窓を落下させてから13日で2年。「普二っ子」と教員に心境を聞いた。(中部報道部・平島夏実)

 

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