いつか、沖縄の「しまくとぅば」を話したい―。願いを果たせずこの世を去った娘の意志を継ぎ、しまくとぅばを学ぶ母親がいる。しまくとぅば検定を受けるため、15日に千葉県から沖縄県を訪れた岸川一恵さん(53)。独学で始めて約5年がたつ。初の受検は「でーじうむさいびーたん(とても面白かった)」。県立芸術大でしまくとぅばを学ぶことが夢の一つだ。

「文法」や「語句」など細かくカテゴリーを分け、独学の成果を記したページ。病気で字がうまく書けなかった娘のメモを基に、一恵さんが書き直した。

母親の一恵さんが来県時に持っていた数少ない岸川依芽さんの写真。娘を亡くした悲しみは大きく、あえて持ち歩かないようにしていた(提供)

娘が描いたじゅん選手の絵や新聞の切り抜き、独学の成果が詰まったファイルと、検定の受験票を手にほほ笑む岸川一恵さん=16日、沖縄タイムス社

「文法」や「語句」など細かくカテゴリーを分け、独学の成果を記したページ。病気で字がうまく書けなかった娘のメモを基に、一恵さんが書き直した。 母親の一恵さんが来県時に持っていた数少ない岸川依芽さんの写真。娘を亡くした悲しみは大きく、あえて持ち歩かないようにしていた(提供) 娘が描いたじゅん選手の絵や新聞の切り抜き、独学の成果が詰まったファイルと、検定の受験票を手にほほ笑む岸川一恵さん=16日、沖縄タイムス社

◆芸人動画きっかけ

 娘の依芽さん=享年17=は13歳で脳幹の海綿状血管腫と診断を受けた。リハビリを続けて学校にも通ったが、高校3年になる直前の2015年4月に亡くなった。

 その半年ほど前のこと。依芽さんがインターネットでお笑い芸人・じゅん選手の動画を偶然見掛けた。言葉は分からないが「何か面白い」。興味半分だった依芽さんは次第に言葉の意味が気になるようになり、「沖縄語辞典」やインターネットなどさまざまなツールを使って学び始めた。

 一恵さんも何度か沖縄に足を運び、沖縄タイムスの「週刊しまくとぅば新聞」をコピーするなど娘を支えた。

 独学の成果をファイルにまとめた依芽さん。「私に何かあったら、お母さんが代わりに勉強して」。生前、一恵さんによくそう言っていたという。

◆娘のSNSアカウント

 「沖縄に行きたい」「しまくとぅばで話してみたい」。亡くなった娘の夢をかなえるため、一恵さんはファイルや娘のSNS(会員制交流サイト)アカウントを引き継いだ。思いに共感した人々が、一恵さんにSNS上でしまくとぅばを教えてくれたり、応援してくれたりした。

 15日に検定を受験した一恵さん。直近の大きな目標は県立芸大の科目履修生として、しまくとぅばを学ぶことだ。

 「うちなーぬちゅんちゃーや、わんぬくとぅ、てーしちにうむてぃとぅらさてぃ、でーじにふぇーでーびるんでぃうむとーいびーん(沖縄の人々が私のことを大切に思って頂いて、とてもありがたく思っています)」。感謝の思いを胸に、娘の夢を追い続ける。(社会部・新垣卓也)