「独り」をつないで ひきこもりの像

「見た目は普通なのにね」相談員に言われ絶句 月収40万円から一転、他人の視線に怯える日々

2020年1月20日 06:05

【「独り」をつないで ひきこもりの像】 失いかけた命(中)

「あの時自分のように出口をシャットアウトされた人たちが今、ひきこもりを長期化しているのではないか」と話すユウタさん=11月

 1996年、ユウタさん(42)=仮名=は19歳で工業高校の定時制を卒業した。当時は就職氷河期のまっただ中で「正社員なんて夢のまた夢」。季節労働者として働くため県外へ発った。2年ほど工場で働いて沖縄に戻り、友人の誘いで飲食業に飛び込んだ。

 頑張った分だけ収入を手にするのが快感で、すぐに店長まで上り詰めた。だが人を雇う知識や経験は乏しく、店を任された責任感から高圧的な態度で従業員を従わせ、1人になると罪悪感に苦しんだ。

 月収は当時40万円にもなったが、次第に他者とのコミュニケーションがおっくうになった。経営者とのトラブルも起き、28歳の時、7年続けた飲食業を辞めた。

◆つまずき重なり

 「挫折の全ては、知識が足りないから」。そう考えて県内大学の社会人選抜試験に挑戦したが不合格。パソコンスクールも通ったが「考え込む時間が長くなり、ずるずる家で過ごす時間が延びた」。

 夜勤の生活リズムに慣れた身体で、昼間に活動するのもきつかった。つまずきが重なった29歳。今もはっきりした理由は分からないが、家を出られなくなった。

 友達の結婚や出産に触れるたび「普通の人生を歩めていない」と自分を責め、近所のレンタルビデオショップで知人に出くわすと体が震え逃げるように立ち去った。顔見知りに会うのも、他人の視線にさらされるのも苦痛で、人が出歩く時間帯に家を出られなくなった。

◆違和感ばかり

 1年に数回、「働かなければ」という焦りがピークに達すると、インターネットを頼りに地域若者サポートステーションなどのひきこもり支援をうたう機関に電話した。実際に足を運んだ施設もあるが、初めての場所も、人も怖くて仕方がなかった。目の前で引き返したこともある。

 たどり着けても同世代がいなかったり、話を聞かれるだけだったり、作業を振られても時間を持て余したり―。「支援」は違和感ばかりだった。「先が見えず、家に戻って絶望し、またひきこもった」。

◆すがる思いで

 ある時は相談員から何気なしに「見た目は普通なのにね」と言われた。「自分は支援の対象外なんだ」と感じた。

 「何度も崖から突き落とされるような気分を味わった」。支援機関に出掛けては絶望することの繰り返しで6年半が過ぎていた。

 「死ぬ」。そう決意しても死に場所を探す一歩さえ踏み出せずに家の中で自殺を図った。おなかに刃物を突き付ける直前、すがる思いで「いのちの電話」に連絡した。

 しかし何度かけても話し中でつながらなかった。(「家族のカタチ」取材班・篠原知恵)

<失いかけた命(下)>に続く

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