ビートたけしさん(72)が芸人になるため、浅草フランス座に飛び込んだのは1972年の夏だった。最初の仕事はエレベーターボーイ

▼師匠に認められるために教わったタップをエレベーターの中で毎日練習した。進行役からコントと修業を積み、座を出て漫才コンビでデビューしたが、何年も鳴かず飛ばず。自伝では、1カ月7500円で暮らし、客が2人しかいなかった経験をつづる

▼作詞作曲を手掛けた「浅草キッド」は、そんな下積み時代の思い出を歌った。〈夢はすてたと 言わないで/他に道なき 二人なのに〉。いつ、かなうかも分からない夢を追う切ない歌詞が胸を打つ

▼夢と言えば今年、車いす陸上の上与那原寛和選手(48)が4度目のパラリンピック代表に内定した。2008年北京大会のフルマラソンで銀メダルを獲得。次のロンドンから同種目がなくなったため、ならばと瞬発力を鍛え直してトラック種目に転向した

▼49歳で迎える来年の東京大会に向け「年齢は関係ない。表彰台を狙いたい」と高い目標を掲げる。空手形の世界王者、喜友名諒選手(29)も五輪出場を確実にしており、夢が膨らむ

▼大晦日(みそか)のきょう、たけしさんは紅白で「浅草キッド」を歌う。昭和、平成、令和と時代を超え、あのハスキーな声で歌われる名曲を聴きながら新年の夢を紡ぎたい。

                                 (大門雅子)