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「漆の仕事 首里城のおかげ」 漆芸にほれ沖縄移住した職人 再建関与へ膨らむ思い

2020年1月2日 17:07

 [首里城再建 みんなの手で] 森田哲也さん(42) 漆芸家

首里城の火災直後は精神的に落ち込んだが、気を取り直して作品作りに精を出す森田哲也さん=八重瀬町伊覇の自宅に設けた作業場(崎浜秀也撮影)

首里城正殿の漆を塗り替える森田哲也さん(手前)=2018年5月13日(本人提供)

首里城の火災直後は精神的に落ち込んだが、気を取り直して作品作りに精を出す森田哲也さん=八重瀬町伊覇の自宅に設けた作業場(崎浜秀也撮影) 首里城正殿の漆を塗り替える森田哲也さん(手前)=2018年5月13日(本人提供)

 元々の漆や下地をかき落とし、新たに漆を塗っては研ぐ工程を何段階も重ねていく。漆芸家の森田哲也さん(42)は、2006年に始まった首里城の漆の塗り替え事業に関わった。

 県指定無形文化財保持者(琉球漆器)で「親方」と慕う諸見由則さん(59)の下で働き13年。首里城は「漆芸家としての原点」だ。

 火災のあった昨年10月31日。午前4時ごろ、携帯電話の着信音に起こされた。電話の相手、諸見さんから「首里城が大変だ。火事になっている」と聞いて耳を疑った。八重瀬町伊覇の自宅を飛び出し、首里へ車を走らせた。

 南風原町に差し掛かった頃、首里の空は真っ赤に染まり、胸騒ぎは確信に変わった。龍潭の近くで諸見さんと合流したが、焼け落ちていく首里城をただ見つめるしかなく「本当につらかった」と回想する。

 滋賀県出身。元々は琵琶湖の浄化センターで働くプラントエンジニアだった。旅行でたまたま訪れた石川県輪島市の美術館で、沈金や蒔絵(まきえ)など表現豊かな漆作品を見て、とりこになった。地元の漆芸教室に通いながら、雑誌で沖縄の工芸を見たことを機に、本格的に学びたいと05年、沖縄に移住した。

 南風原町の工芸指導所(現・県工芸振興センター)で1年学び、工房を構えたものの、若手が漆芸だけで生計を立てられるほど甘くはない。パチンコ店でバイトをしながらの船出だった。首里城の仕事に誘われたのはそんな時だった。

 「漆芸だけでご飯を食べていくのは大変なこと。しかも、ナイチャーの自分が今こうして沖縄で漆の仕事ができるのは首里城のおかげ。感謝しかない」

 火災後は毎朝、新聞をめくり、再建に向けた動きを追う。職人の一人として再び関わりたいという思いが募る。

 以前と比べ、漆職人は減っている。しかし、森田さんは自信に満ちた目で言い切る。「建物なんて塗ったこともない職人たちが、あーだこーだと言いながら13年も塗り続け、経験と実績を積んできた。きっと大丈夫」(政経部・島袋晋作)

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