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最高の赤瓦の再現 「簡単ではないが、技量はある」 首里城再建へ瓦工場の使命感

2020年1月3日 09:00

[首里城再建 みんなの手で] 島袋拓真さん(40) 島袋瓦工場専務

島袋瓦工場が首里城「女官居室」復元整備の際に作った赤瓦サンプルを手にする島袋拓真専務。後ろには乾燥中の瓦が並ぶ=与那原町の同工場(松田興平撮影)

首里城の「女官居室」復元整備で作業する島袋瓦工場の社員。奥に見えるのは正殿の屋根=2016年(同工場提供)

島袋瓦工場では赤瓦の原料となる赤土(左側)とクチャを分けて貯蔵し、一定期間寝かしてから製造に用いる=与那原町の同工場

島袋瓦工場が首里城「女官居室」復元整備の際に作った赤瓦サンプルを手にする島袋拓真専務。後ろには乾燥中の瓦が並ぶ=与那原町の同工場(松田興平撮影) 首里城の「女官居室」復元整備で作業する島袋瓦工場の社員。奥に見えるのは正殿の屋根=2016年(同工場提供) 島袋瓦工場では赤瓦の原料となる赤土(左側)とクチャを分けて貯蔵し、一定期間寝かしてから製造に用いる=与那原町の同工場

 赤瓦の特産地、与那原町にある1952年創業の島袋瓦工場で現場を仕切るのは専務の島袋拓真さん(40)だ。同工場は首里城復元時から最近の整備まで請け負ってきた。焼け落ちた沖縄のシンボルを見つめる職人たちには喪失感を上回る心意気がある。技を継ぐ一人として拓真さんは「業界ぐるみで最高の赤瓦で復活させたい」と語る。

 首里城と工場の縁は深い。92年の首里城公園オープンに合わせてレストラン、6年前からは「女官居室」「世誇殿」などの赤瓦を作り、施工を手掛けた。

 拓真さんの父で2代目社長の義一さん(71)にとって、正殿の赤瓦を復元した故奥原崇典さんは地元の2歳下で幼なじみだ。

 城郭内の公開エリアが拡大された昨年12月12日、親子で首里城と向き合った。拓真さんは「改めて衝撃を受けた。でも火に包まれた瓦や建物の状況を間近で見たかった」と振り返る。

 工場の大まかな試算では、再建に必要な瓦は約50万枚。原材料の確保や復元時の瓦を再現することは決して簡単ではないが、工場はその技量を備えているつもりだ。

 一般的な赤瓦よりも深い赤色でやや厚みがあるという「首里城仕様」の特徴は把握済み。最近の復元整備も正殿の赤瓦を模し、工程の詳細なデータを残す。

 工場には主原料のクチャと赤土を一定期間寝かすことや土の細かな配合処理、焼成の温度と長さなど各工程の微調整で同質の瓦を作り上げるノウハウがある。

 県赤瓦事業協同組合(与那原町)には同工場含め5事業者が加盟する。一体となって対応する構えだ。

 再建の工程や方向性は具体的に示されていない。拓真さんは慎重に言葉を選びながら使命感をのぞかせる。

 「現時点で仕事を任されるかは分からない。ただ、沖縄の土と職人の手で復活させたい。私たちなら伝統の美と現代の品質を両立させられる」(南部報道部・松田興平)

 
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