世界の多くの国で民主主義が後退し、強権政治が台頭している。

 不平等の拡大、排外主義のまん延、フェイクニュースのはんらん、分断をあおる政治手法。欧米の自由民主主義(リベラル・デモクラシー)を掲げる国々も、将来展望が描けず混迷を深めている。

 日本はどうか。米英などに比べ安定しているように見えるが、憲政史上最長の政権の下で、議会制民主主義の空洞化は深刻だ。

 形式的に立法・行政・司法の三権分立が確立しているものの、運用実態を見ると、首相官邸に権力が集中し、三権相互のチェック・アンド・バランスが著しく失われてしまった。

 国政与党の自民党は安倍政権を擁護するだけで、かつての自民党のようなチェック機能を果たしていない。あの活力は一体どこに行ってしまったのか。

 官僚機構もわが身の安泰を優先し、官邸への忖度(そんたく)に明け暮れている。公文書を偽造したり、不都合な事実を隠蔽(いんぺい)するため廃棄したり、統計データを不正処理したり。政策エリートのモラル崩壊としかいいようがない。

 安倍政権はダメージ・コントロールが巧みだ。だが目立つのは、疑惑の議員をトカゲの尻尾切りのように早期に辞めさせ、問題になった施策事業を検証もなく取りやめるなど、「臭い物にフタ」をする手法である。

 一に情報開示、二に説明責任。それがきちんと守られなければ権力の専横を防ぐことはできない。

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 法は解釈され運用されることで効力を発揮する。法の条文を変えなくても、解釈の変更によって、実質的改正の効果を手に入れることができる。

 安倍政権は、解釈変更という手法を多用してきた。集団的自衛権の行使容認がそうだ。

 辺野古埋め立てについても、政府は県との調整を行わず、一方的な法解釈でコトを推し進めてきた。

 民主政治の変調は、地方自治体にも押し寄せている。

 宮古島市は、住民訴訟を起こした市民6人に対し、市の名誉を傷つけたとの理由で、損害賠償を求め提訴する議案を議会に提出した。

 石垣市議会では、自治基本条例を廃止する議案が十分な議論もないまま議会に提出された。

 宮古島市は批判を受けて議案を撤回、石垣市議会は廃止条例案を否決した。いずれも「権力の不当な圧力」だと強い批判を浴びた。

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 民主主義は「民意に基づく統治」であり、立憲主義は憲法によって権力を縛る考え方である。両者は必ずしも一致しない。

 両者のバランス上に成立する「立憲民主主義」をどうやってつくり直していくか。民主主義によって民主主義を死なせるようなことがあってはならない。

 「炭鉱のカナリア」のように変化を敏感に受け止め、警鐘を鳴らしていく作業が求められる。