25年前の阪神大震災。発生数日後に急ぎ向かった神戸の街はがれきが散乱し、家族の安否を知らせる張り紙があちこちにあった。避難所となった学校は大勢の人であふれていた

▼掲げられた「がんばろう」の幕を見た時、その言葉の意味を初めて理解した気がした。甚大な被害を受けた被災地には、全国から多くのボランティアが支援に駆け付け、その動きは後に「ボランティア元年」と呼ばれた

▼神戸市須磨区に住む那覇市出身の石井明美さん(65)は、自宅が一部損壊する被害に遭った。「生きているというより、生かされている」と感じ、沖縄のボランティア隊から託された物資を被災者に配る活動を始めた。団体「ゆいまーる神戸」を立ち上げた

▼年月を経て避難所から仮設住宅、復興住宅へと活動の場は変わり、炊き出しから配食サービス、デイサービスなど活動内容も課題に応じた。団体は特定非営利活動法人になった

▼発生から25年の節目となった17日は、伊丹市の公園などでの追悼行事に参加。「若い人に命の大切さを伝えたい」との思いを強くした

▼活動を通して共助の大切さを痛感した石井さん。秋には障がい者の作業所をつくり、高齢者のデイサービスと連動させる予定だ。互いができることで支え合う形態を目指す。「それこそ、ゆいまーるです」。(内間健)