太平洋戦争出征前に撮影されたとみられる日本兵とその家族。南城市玉城の糸数壕(アブチラガマ)の案内センターが施設内で展示されている写真の関係者を探していたところ、親戚の女性が見つかった。19日にセンターを訪れて写真のデータを受け取った女性は「おじさん、おばさんの懐かしい顔を見ていろいろな思いがこみ上げた」と感慨深そうに語った。(南部報道部・松田興平)

糸数アブチラガマ案内センターの當山晃事務局長(右)から写真の複写を受け取った島袋洋子さん。中央の写真パネルは展示用で、前列中央に島袋さんの親戚の照屋毅さんが写っている=南城玉城の同センター

 写真の中の日本兵は照屋毅さん。肩から掛けられたたすきに名前が書かれており、同センターが関係者を探していた。昨年12月27日に沖縄タイムスが報じたところ、親戚の島袋洋子さん(73)=浦添市=が気付き、センターに連絡した。

 島袋さんによると、照屋さんは仕事をきっかけに大阪市都島区に移り住んでおり、そこが撮影場所。照屋さんは戦後、無事に帰還して同区で家庭を築いたという。

 写真では、照屋さんの向かって右が母うめさん、左がうめさんの妹で照屋さんのおばに当たる比嘉正子さん。比嘉さんは関西消費者運動の草分けとしても知られる。

 島袋さんは東京に進学していた20歳前後のころ、年末年始は沖縄に戻らず、同区の照屋家と比嘉家を行き来して過ごしたという。出征を控え、花束を手にした照屋さんの姿に、島袋さんは「私の父のいとこで、『たけし兄さん』と慕っていた。おばさん(比嘉さん)にもかわいがってもらった」と懐かしそうに振り返った。

 この集合写真は、20年ほど前にテレビでも取り上げられたことがあるという。島袋さんは「また写真と出会え、親戚としての縁を感じる。元の写真パネルは戦争を物語る一場面として今後も展示し続けてほしい」と感謝した。

 同センターには米軍兵が各戦地から持ち帰った日本兵のさまざまな所持品が展示されており、今回の写真もその一つ。當山晃事務局長(72)は「連絡をもらえて良かった。ほかの展示品も少しずつ手掛かりを探していきたい」と語った。