【共に学ぶ高校  障がいがあっても】(1)

好きな本を手にしながら、満面の笑みを浮かべる澤田健太さん=15日、大阪市旭区

高3の卒業遠足でUSJを訪れた澤田健太さん(前列右端)。苦手だったアトラクションも、友達と一緒なら楽しめた(家族提供)

好きな本を手にしながら、満面の笑みを浮かべる澤田健太さん=15日、大阪市旭区 高3の卒業遠足でUSJを訪れた澤田健太さん(前列右端)。苦手だったアトラクションも、友達と一緒なら楽しめた(家族提供)

 グレーのセーターを着た澤田健太さんは、小柄な26歳。今月15日、実家のある大阪市旭区に会いに行くと、人懐っこい笑顔で「けんた」と一文字ずつ自己紹介してくれた。「握手して」という母親の美枝さん(55)の呼び掛けに、健太さんがうれしそうに手を差し出した。

 健太さんには重度の知的障がいがある。26歳になった今でもうまく話せず、字は書けない。だが小学校から普通学級に通い、普通高校を経て、大学でも科目履修生として学んだ。「大学で一番友達が多い」と言われるほどだった。

 現在、パンやクッキーを製造販売する福祉関係の事業所で週4回働く。地域の乗馬クラブで馬小屋の掃除のアルバイトもするようになった。「地域の子どもと共に学んだことで、精神年齢は立派な大人に育った」と、美枝さんは確信している。

◆高校で大変身

 小学校に入った当初は他の児童の騒がしさが怖かったようで、教室の端っこに逃げ込みがちだった。じっと席に座っているのも難しく、寝そべったり大声を出したり。それが級友たちになだめられたり褒められたりするうちに、次第に落ち着いていった。

 高校は大阪市立桜宮高校普通科の知的障がい生徒自立支援コースを目指した。同コースの選抜は学力検査がなく推薦書や面接のみ。普通科の生徒たちと同じクラスに所属することに、魅力を感じた。

 健太さんは入学後、大変身した。掃除当番や遠足、仕事体験など学校生活はいつも友達と一緒。表現力が豊かになり、コミュニケーション力も高くなった。それまで同じ質問を何度繰り返してもうまく意思疎通できなかったのに、「ちゃんと表情やジェスチャーで反応してくれるようになった」と美枝さんは喜ぶ。

◆初めての言葉

 さらに卒業後は、高校の協力を得て科目履修生として四天王寺大学に。人見知りせずいろいろな人に関わるようになり、周りの人に爪を立てる他傷行為もなくなった。介助が必要だったトイレには、一人で行けるようになった。

 美枝さんは「周りの子の動きを見て空気を読み、自分がいま何をしたらいいかを共に学ぶのが学校。健太の精神年齢もプライドも育った」と感じている。

 健太さんは大学時代、恋もした。その時、生まれて初めて言葉を話した。それは、感謝を伝える「ありがとう」だった。