主にアスベスト(石綿)を原因に発症する希少がん「中皮腫」と闘う浦添市の保育士、鹿川真弓さん(42)が25日、那覇市内で講演した。「思い出すだけで涙が出てくる」ほどつらい闘病生活を振り返った鹿川さん。「『なんくるないさ』という言葉があるように、生きていればどうにかなる」と前向きな生き方を説いた。

自身の体験を語る鹿川真弓さん=25日、那覇市・青年会館

 石垣島出身。2004年、26歳の頃に卵巣腫瘍の疑いがあると分かり、入院。手術後に、腹膜悪性中皮腫と診断された。「毎週のように検査が続き、不安と絶望ばかり。毎日泣いたし、繰り返す嘔吐(おうと)もつらかった」

 07年には県外の病院で、卵巣や子宮などを全摘した。もともと子どもが好きで保育士になった鹿川さん。「自分の子を産みたかったが『生きたい』という気持ちの方が強かった。悔しくて、思い出すと涙が出る」と声を詰まらせた。

 その後に再手術も経験。30個あった腫瘍は減ったが数個は残っており、闘病生活は15年を超えた。鹿川さんは「今は小さなことで生きる幸せを感じられる。『なんくるないさ』の精神で頑張っていきたい」と笑顔で語った。