[Re婚の先に 親は子は]父母のはざまで(上)

幼少期のマユミさんが納められたアルバム。家族4人がそろった写真はほとんどないという(画像を一部処理しています)

関西地方に住む父に会いに行った際、2人一緒に撮ったスマホ画像に視線を落とすマユミさん(画像を一部処理しています)

幼少期のマユミさんが納められたアルバム。家族4人がそろった写真はほとんどないという(画像を一部処理しています) 関西地方に住む父に会いに行った際、2人一緒に撮ったスマホ画像に視線を落とすマユミさん(画像を一部処理しています)

 私のこと、覚えているかな。知らない番号の着信だと、取ってくれないかも-。不安いっぱいのまま、意を決してかけた電話の向こう側から、懐かしい関西弁が返ってきた。「どないした、なんかあったんか」

 本島南部の会社員マユミさん(37)=仮名=が、20年ぶりに聞く父(72)の声だった。突然の娘からの連絡に驚き、動揺しながらも、ゆったりとした語り口は昔と変わらない。5年前のことだ。

 その日、母(75)が1人で暮らす本島内の実家を訪れたマユミさんは、こっそりと母の携帯電話を検索し、父の連絡先を書き留めていた。両親の離婚で幼少期を過ごした関西地方を離れて以降、関西に残った父との接触は考えもしなかったこと。母が、それを頑として望まなかったからだ。

 「お母さんの前で、お父さんのことを良く言うのはご法度。私の使命は、お母さんが『幸せ』と言いながら死んでいく姿を見守ることだと思ってきた」。父に電話をかけようと決心したのは、母の病気がきっかけ。しばらく前に、認知症と診断されていた。

 物忘れが目立ち、被害妄想も強くなっている。そんな母の様子を一通り聞いた父に「1人で抱えて大変やったなあ。偉かったなあ」とねぎらわれると、自然と涙がこぼれ落ちた。20年越しの会話は時間にして15分ほど。ただし一番伝えたかったのは、母の話ではない。

 「近いうち、そっちに行く用事がある。会いたいねん」