沖縄戦の「十・十空襲」で生き別れた友人を捜すため大阪から沖縄を訪れている加藤(旧姓・安次嶺)初子さん89=那覇市垣花出身=が28日、登川(旧姓・渡慶次)キク子さん(90)=豊見城市=ら同級生4人と再会した。少女時代に戻ったかのように友人たちと語り合った初子さんは「本当に夢みたい」と、涙を浮かべながら喜びをかみしめた。(社会部・比嘉桃乃)

登川キク子さん(前列左から2人目)など同級生らと再会した加藤初子さん(中央)=28日午後、那覇市内(金城健太撮影)

■同級生が駆け付け

 垣花国民学校時代の同級生はほかに島袋(旧姓・小渡)俊子さん(90)、宮城(旧姓・大嶺)俊子さん(90)、上原(旧姓・照屋)利子さん(90)。同年代の武村(旧姓・桑江)豊さん(90)も、面識はなかったが駆け付けた。

 「よう覚えているわ、あなたのこと」。1944年の十・十空襲後、疎開で故郷沖縄を離れた初子さんは、関西弁を時折交えながら旧友たちと少女時代を懐かしんだ。「遅くまで遊んでよく怒られたわねえ」。同級生たちから集合写真を見せられると、当時の記憶があふれだした様子だった。

■気になっていた安否

 友人のキク子さんは、空襲で垣花の家を失い、大宜味村に避難した。終戦を迎えた後も、離れ離れになった初子さんの安否が気になり、糸満市摩文仁の平和の礎で初子さんの名前を探したこともあったという。「(初子さんのことを)ずっと捜していた。この日を待ちかんてぃーして(待ちかねて)いた」。75年ぶりの対面に感極まり、ぎゅっと目をつむった。

 キク子さんによると、初子さんが捜しているもう一人の「平良達子さん」は、終戦後福岡に渡った。キク子さんと手紙のやりとりをしていた時期もあったが、近況は分からないという。

 捜している幼なじみの「宮里ジロウさん」については今回、有力な手掛かりは得られなかった。

 今回、初子さんとともに沖縄を訪れた次女の幸江さん(56)は「沖縄の地を踏ませてあげたいという思いで来たが、まさか当時の友達に再会できるとは思わなかった。みなさんの思いに感謝したい」と語った。