[中小企業のチカラ 経営革新の現場] 上原ミート(上)

那覇市牧志公設市場にあった創業時の上原ミート=1953年(上原ミート提供)

 上原ミート(豊見城市)の上原宏昭会長(63)が、家業の経営に携わったのは約40年前。那覇市の牧志公設市場近くの冷蔵庫に売れ残った約7トンの豚肉の「在庫の山」を目の当たりにした時からだ。

 当時23歳。東京の精肉店で修業に励んでいたある日、創業者で父の善至氏(89)から「帰ってきてくれ」と1本の電話が入った。電話口の静かな口調は、普段と変わらなかったが、「何かがおかしい」と感じた。

 急きょ、2年ぶりに沖縄へ戻り、冷蔵庫から今にもあふれだしそうな在庫を前に「なんで、こんなことに」と絶句した。父に1年間の損益や原価を尋ねても答えは返ってこない。「経営は惨憺(さんたん)たる状況だった」

◆家業継ぐために

 上原ミートは1953年、那覇市の牧志公設市場に「街の小さな精肉店」としてオープンした。

 宏昭氏にとって、創業者の父は、八重山から出てきて、裸一貫で財を成した「成功者」。客にいい肉を届けようと、朝から晩まで働き詰めだった父を尊敬していた。

 宏昭氏は県内の大学に進学したが、「いつか家業を継ぎたい」と中退。19歳で兵庫の食肉専門学校に進み、卒業後は東京の精肉店で修業に入った。ただ、家業の経営のことはまったく知らなかった。