飛び安里(あさと)研究会(島袋宗一会長)が24日、南風原町役場を訪れ、3月に第2滑走路が供用開始するのを機に、那覇空港の愛称を「飛び安里空港」にするよう沖繩県や県議会に働き掛けることを赤嶺正之町長に要請した。

那覇空港

赤嶺正之町長に要請する「飛び安里研究会」の島袋宗一会長(右から5人目)ら=24日、南風原町役場

那覇空港 赤嶺正之町長に要請する「飛び安里研究会」の島袋宗一会長(右から5人目)ら=24日、南風原町役場

 イタリアの「レオナルド・ダ・ヴィンチ空港」や高知県の「高知竜馬空港」を引き合いに、「大先輩の偉業を広く世界に知らせるため、空の玄関の愛称に」と求めた。

 研究会はパイロットや鉄工職人らさまざまな職業の県内外の13人ほどでつくる。

 島袋会長らは「飛び安里は研究に研究、失敗に失敗を重ねて、世界の誰よりも早く空を飛んだ。南風原に実際にいた超人。空港の愛称にすれば沖縄を訪れる人が興味を持ち、南風原町への来訪者も増える」などと訴えた。

 赤嶺町長は「町の総意として要請する場合は、議論しないといけない。これから検討したい」と述べた。

■「飛び安里」とは

 18世紀の琉球王朝時代、ライト兄弟よりも早く空を飛んだといわれる人物。南風原町の偉人として親しまれている。