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首里城の2階に人がいる!大正の首里城に“暮らしの色” 城になじむ庶民の姿、写真見つかる

2020年2月1日 10:24

 大正から昭和初期の首里城正殿や園比屋武御獄(そのひゃんうたき)石門などを写した紙焼きのモノクロ写真13枚が朝日新聞大阪本社で31日までに見つかった。中には、琉球処分から40年以上が過ぎた城で一般の人たちが働き、行き交うカットもある。3カ月前の首里城火災を受け、朝日新聞が戦前の写真をまとめて管理している大阪本社で探し出した。

1921(大正10)年に撮影した首里城正殿。劣化が激しいが、左の2階には女子学生と機織り機のような物が見える。当時、首里区立女子工芸学校(後の沖縄県立女子高等学校)の校舎として使われており、学校の100周年記念誌によると、機織り実習室として使われていた。(朝日新聞社提供)

 写真の裏に押されたスタンプなどから1921(大正10)~36(昭和11)年撮影とみられる。

 最も古い21年の正殿全体を捉えた1枚には、2階に機織り機のようなものと白っぽい服を着た人影が写り込んでいる。首里区立女子工芸学校(同年10月に首里市立女子工芸学校、後の県立首里高等女学校)の「機織室」だったという。

 25(大正14)年の写真には、休憩中なのか園比屋武御獄石門の前に座る男女の姿が見え、裏書きに「琉球の労働者」とある。

1925(大正14)年に撮影された園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)に座る男女。写真の裏には「琉球の労働者」とだけ書いてある。園比屋武御嶽石門は、国王が出御の際、この前で道中の安泰を祈願したとされる場所。(朝日新聞社提供)
 
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