到着した貨車から被収容者が降りる。親衛隊の将校が人さし指を動かし、左右に被収容者を分ける。たいていは左だ。左に行った先にあったのは、焼却炉のある建物だった

▼ナチス・ドイツが第2次大戦中にポーランド南部に設け、ユダヤ人を中心に110万人以上を虐殺したアウシュビッツ強制収容所での光景だ。収容された経験を持つ心理学者フランクルが著書「夜と霧」で記している

▼1月27日、その収容所の解放から75年を迎えた。追悼式には生存者約200人が参加したが、高齢化で多数が集まる最後の節目とみられている。「虐殺の事実を忘れるな」「後世へ伝えてほしい」-。生存者らは記憶を継承することで、悲劇を繰り返さないよう訴えた

▼収容所は犠牲者の髪の毛、めがね、カバンなどの遺品や収容に使われたバラックなども保存された博物館になった。試験を通り講習を受けた「公式ガイド」が悲劇を伝えている

▼ひめゆり平和祈念資料館は、かつて次世代への継承の在り方を探るため視察。公式ガイドの制度などを学んだ。沖縄戦を伝える非体験世代の説明員らを育成するきっかけの一つになった

▼戦後75年。歴史や足元を見つめ直す機会が続く年だ。体験の有無を超えて戦争の記憶や記録を直視し、次の世代に史実を伝える。それこそが平和へと続く道と信じる。(内間健)